卒業作品の中に「盤瓠(パンフー)」というタイトルの記録フィルムがあった。初めて耳にする名前に惹かれ、上映会に行った。少数民族の伝統文化に関する地味な内容で、鑑賞に来た学生は少なかったが、根気よく取材を続け、山奥に隠れたテーマに光を当てた秀作だった。
「盤瓠」は、中国伝説の皇帝「帝嚳(ていこく)」の時代、皇帝の命を受け異民族を退治した英雄の名だ。「後漢書」に記載がある。だが人ではない。宮女の耳から生まれた硬い甲羅をつけた虫をウリ(瓠)の中に入れ、皿(盤)でふたをしてをして飼っていたら犬になった。それが「盤瓠」の由来だ。虫も犬も人間に近い存在だったのだろう。皇帝はほうびとして、人の姿に化けた盤瓠に娘を嫁がせ、夫婦は山に隠れた。その後、王女は6人の男児と6人の女児を生み、国王はその一族に特別な待遇を与え、「蛮夷」の称号を授けた。
この伝説を信じ、「盤瓠」の末裔を名乗るのが少数民族の一つ、畬(シェ)族だ。居住地は福建や浙江省に広がるが、その本家とされるシェ族が広東省潮州の鳳凰山に住んでいる。鳳凰山は、潮汕の銘茶「単樅(ダンツォン)茶」の産地である。渋みと甘みを併せ持った半発酵の茶だ。私も愛飲しているが、油を抜く効果が強く、この茶を飲むとすぐ空腹になる。
漢族は自分たちを竜の子と呼ぶが、シェ族は犬の子だと自称する。山奥で独自の言語と風俗習慣を守り続けてきた誇りがある。最も重要な伝統儀式が3年に1度、冬至の前後に行われる祖先「招兵節」だ。村の長老が主宰し、祖先の「盤王」に感謝するとともに、民族の繁栄を願う。文化大革期、封建的だとして中止を余儀なくされ、1993年に復活した。それだけに、人々の祭りにかける思いはなお強い。
学生のフィルムはこうした現状を淡々と描いていく。派手な題材、刺激的な画面が市場を席巻する現代の映像文化にあって、こうした地道な作品の存在価値は大きい。
招兵節の主宰者は、多くの祭祀と同様、男児でなければならない。現在の主宰者には3人の男児がいる。本来は、長男が継ぐべきだが、父親は「自分に男児がいなくて、どうして継承ができるのか」と一蹴する。三男は都会の文化に触れ、伝統文化には冷淡だ。そこで父親の期待は次男に向けられる。だが、先行きは決して明るくない。山村は貧しく、みなが出稼ぎに行ってしまう。次男も深センで事業を始めたところだ。いつも実家にいるわけではない。
学生たちはカメラを通じ、中国の現代社会が抱える多くの問題を追い続ける。大学から山奥への往来だけでも1日がかりの作業だ。作品の内容もさることながら、そんな若者の真剣なまなざしが、見る者の心を打つ。
(続)
編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年6月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。