都議選や兵庫知事選でも論じたい:『「夜遊び」の経済学』

新田 哲史

日本でナイトタイムエコノミーというと、危険な香りが漂う六本木や歌舞伎町あたりの不夜城エリアのことをまず想起しがちだが、著者によると、飲食や娯楽だけではなく、社会人向けの習い事といった教育産業や交通サービスなども含め、日没から翌朝までの経済活動の総称をさす。

著者はネット論壇で有名なカジノ専門家であるが、本書において、カジノ解禁をにらんだIRの話は最終章へと後回しになっているのが目を引く。日本では「お日様と共に起き、お日様と共に寝る」という農耕文化発祥の国民性もあって、先進各国の中で比較しても、夜の経済活動が市場や産業として市民権を十分に得ていない。ダンスクラブの終夜営業も近年まで大幅に制限されていたほどだ。

たしかに、行政も市民社会でもきちんと市場や産業として、ナイトタイムエコノミーの位置付けを整理しておかなければ、カジノやIRが解禁されても市民権を得た娯楽として発展するか微妙かもしれない。カジノ業界のことは詳しくないが、おそらく著者やカジノ業界のいまの問題意識は、そうした「そもそも論」のところに向いてきたように見える。

ただ、そうした業界的な思惑があるにしても、有望な成長分野が限られている衰退国家としては、「ナイトタイムエコノミー」を学問的、政策的にきちんと評価していく意義は意外に大きい。象徴的なのは観光産業の話だ。

十年ほど前には、500万に伸び悩んでいた外国人観光客はいまや2000万近くにまで増やすことになったものの、ナイトライフ体験に不満をもらす外国人は今も多いのは調査結果で明らかだ。本書で知って驚いたのだが、歌舞伎町の「ロボットレストラン」の8割が訪日外国人であったり、夜のドン・キホーテに彼らの姿がやたらに目についたりする背景には、ロンドンやニューヨークと比べて、終夜の観光資源の選択肢が少ないことも影響しているのだという。

企業や自治体が持つ遊休資産を活用する「シェアリングエコノミー」が台頭しているが、日本社会は都市部ですら、夜に眠らせている資源は多く「ナイトタイムエコノミー」の開拓余地は大きいのは確かだろう。

いま論戦が繰り広げられている都議選や兵庫県知事選でも、ナイトタイムエコノミーは注目したい政策トピックであろう。

もちろん、実際の論戦では豊洲・築地問題やほかの生活課題が優先されるところだが、猪瀬都政の時代には過去に類を見ないほどナイトタイムエコノミーの振興に積極的だったため、あながち現実味がない話ではない。猪瀬都政では都営地下鉄の24時間化の模索や、渋谷−六本木間の都バスの終夜営業が試行されたものの、結局相次いで挫折した。著者は、その原因について丁寧に回顧・分析しており、その詳細は本書に譲りたいが、猪瀬氏自身も近著『東京の敵』で働き方改革や生産性の向上、消費拡大をにらんだ「東京の24時間化」を提唱しているだけに、ナイトタイムエコノミーについては、今後の都政・都議会論議で推進してもらいたいところだ。

一方、猪瀬氏と同じく作家出身でもある勝谷誠彦氏が知事選に立候補している兵庫県だが、著者は、その県都・神戸と、神奈川の横浜に共通する「弱点」としてナイトタイムエコノミーの競争力の弱さを挙げている。観光客が夜は泊まらず、東京、大阪に戻ってしまうため、ランチより大きなディナー消費が今ひとつであるなど、それぞれ隣接する大都市に観光消費が吸い取られてしまっているというわけだ。

著者は、ロンドン市がナイトメイヤー(夜の市長)と呼ばれる官民のまとめ役を設置して、行政がどのようにナイトタイムエコノミーを推進してきたのか、面白い事例を挙げている。日本でも東京都渋谷区の長谷部健区長が、ハロウィンシーズンにスクランブル交差点を歩行者天国化したことなど、一部での先進的な取り組みが散見されるが、もし勝谷氏が奇跡の当選を果たせば、“国際風俗ライター”の経験を存分に生かしたナイトタイムエコノミー振興の旗振り役として面白い仕掛けをするかもしれない。

誰が都市行政を担うにせよ、ナイトタイムエコノミーは、低成長の時代で数少ない「有望株」には間違いはなく、政策論議する価値は決して小さくない。