ドイツ連邦議会(下院)で30日午前(現地時間)、同性愛者の婚姻を認める法案(全ての人のための婚姻)の採決が実施され、賛成393票、反対226票、棄権4票と賛成多数で可決された。メルケル首相を率いる与党「キリスト教民主同盟」(CDU)からも少なくとも70人の議員が賛成に回った。メルケル首相自身は反対票を投じた。社会民主党(SPD)、「同盟90/緑の党」、左翼党らが同性婚の導入を積極的に支持してきた経緯がある。この結果、ドイツでもフランスやイタリアと同じように、同性婚が正式に認められることになる。
連邦参議院(上院)の審議後、年内にも同性婚が実施される予定だが、同性婚の導入でドイツ基本法の修正が必要となるかで依然、政党間で意見が分かれている。ドイツではこれまで社民党と「同盟90/緑の党」の連立政権時代の2001年に採決された「登録パートナーシップ」が施行中で、養子権は認められていない。ドイツ民法1353条では、「婚姻は男と女の一夫一婦制の生活共同体」と定義し、婚姻の権利と義務が記述されている。同性婚が公認されたことを受け、その修正も必要となる。
メルケル独首相は既に12年間、政権を担当している。その発言や対応で“ドイツの母親”と呼ばれるほど国民から尊敬を受けている。2015年秋の難民殺到時ウエルカム政策では与野党から批判にさらされたが、それでも難民受け入れの上限設定を拒否するなど、そのブレない政策には一定の評価がある。ドイツ経済の順調な発展を受け、メルケル首相は、師匠コール元首相の16年間という最長記録更新を目指すべき4選に出馬した。
そのメルケル首相が6月26日、突然、同性婚の公認問題に対して、「党の強制的縛り」を解除し、各議員の良心的判断に委ねると言明した。すなわち、CDUとしてはもはや反対せず、各議員が判断すればいいというのだ。
メルケル首相の突然の政策変化の背後には、①対抗政党、SPDが党大会で同性婚導入の早期実現を選挙公約に掲げたこと、②社民党を含む「同盟90/緑の党」、左翼党は「同性婚に反対する政党とは連立交渉に応じない」と表明したことなどが考えられる。すなわち、同性婚公認の道を開くメルケル首相の発言は選挙対策として飛び出してきたわけだ。
問題はその後の展開だ。メルケル首相にとって同性婚問題への党拘束の解除を表明すればよかった。それ以上でもそれ以下でもなかったはずだ。同性婚問題に対する対応は9月24日の連邦議会選挙後にすればいいと安易に考えていた。しかし、社民党がこのチャンスを逃さず、「連邦議会の会期最後の日に同性婚問題に関する関連法案の採決を実施する」といいだし、「緑の党」、左翼党などの支持を受けて先月30日、連邦議会で同性婚の是非を問う関連法案に対する採決が実施され、採択されたわけだ。その急展開にメルケル首相自身も驚いただろう。同性婚に対する党拘束の解除を表明したメルケル首相の意図を素早く見抜き、時を移さず同性婚採決の道を選んだシュルツ党首の社民党の明らかな勝利だ。
メルケル首相の誤算を振り返る時、同じ聖職者家庭で育ったメイ英首相の前倒し総選挙の決定を直ぐに思い出す。キャメロン首相の失策を受けて後継したメイ首相は政権基盤の一層の強化を狙って議会を早期解散して選挙に打って出た。その結果、議会の過半数を失った。同じように、メルケル首相は同性婚問題を選挙対策のために取り扱ったために、本人が反対していた同性婚の導入を早める結果となったのだ。
同性婚は婚姻の形態を問うテーマであり、人間観、世界観にもつながる問題だ。次期総選挙にプラスかどうかの近視眼的なテーマではない。CDU内でもメルケル首相の決定に批判の声が飛び出している。当然だろう。
ところで、婚姻は時代の傾向、トレンドに呼応して変化するものだろうか。「婚姻」形態が時代によって確かに変化してきた面は否定できない。貴族が社会を牛耳っていた時代、婚姻は貴族間同士以外は許されず、カトリック教徒は新教徒とは婚姻できなかった時代があった。都会人は都会人と婚姻し、白人は白人同士の婚姻に拘った。しかし、これらの「婚姻」形態は政治的、社会的要因によってもたらされたものだが、同性婚の場合、人間の生物学的要因と密接に関わってくる。それだけに、同性婚を婚姻形態の一つとして考えるには無理がある。
いずれにしても、同性婚問題を安易に選挙対策として取り扱ったメルケル首相の軽率な判断は罰せられた。今秋の総選挙に勝利し、4選を果たしたとしても、その政治キャリアに大きな汚点を残してしまった。「キリスト教民主同盟」(CDU)の党の看板から「キリスト教」(C)を外すべきだ、という声にも一定の説得力がある。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年7月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。