NHKの同時配信表明は、ユーザーとネット企業を敵に回す?

氏家 夏彦

NHKの「パンドラの箱」が注目?(編集部)

実は、先月末で38年間働いたTBSを完全に離れ独立、フリーランスとなりました。この3年間は、TBSの関連会社2社の社長業が忙しすぎて、この「あやぶろ」にかける時間が全くなく、ほとんど休眠状態でした。7月になったらバリバリ書くぞ!と思っていたのですが、あちこちに頼まれた原稿の締め切りラッシュで、何もできないまま2週間が過ぎようとしていました。

そんなタイミングで、NewsPicksの佐々木編集長から、今晩(昨日)のLive Picksというネット番組で、電話生中継でインタビューさせてくれませんか、とのお願いが。

話す内容は、読売新聞オンラインに7月12日に掲載された『ネット配信利用者にも受信料……NHKが開けた「パンドラの箱」?』という記事についてでした。

これは、読売新聞メディア局編集部次長の中村宏之さんがお書きになった記事なのですが、非常によく書かれています。ポイントは…

  • NHKのこれまでのインターネット事業は放送の“補完”業務であるので、受信料収入の2.5%、金額にして180億円までは使ってもいいことになっていた。
  • ところが今回NHKは、同時配信は将来的には“本来”業務となると考えていると言及した。
  • これに対しては民放各社は一斉に反発し、総務省にとっても青天の霹靂だった。
  • NHKはこれによって二つのパンドラの箱を開けてしまった。一つは、ネットからも受信料と同じように料金を徴収できるとなると、ネット企業にとってもNHKは脅威となること。
  • もう一つのパンドラの箱は、受信料制度の根本的な問題点だ。放送を受信できる設備(テレビ)を設置したものは受信料を払う義務が生じるが、パソコンやスマホはどうなるのか。NHKを見るためにパソコンやスマホを持つのではない人からは徴収しないのなら、テレビだって同様なのではないか。NHKの放送は見ないという人からも受信料を徴収することの説得力がなくなるのではないか。

ザクッと要約するとこんなところでしょうか。この中村さんの記事は、重要なポイントをしっかり押さえている上に、このテーマについて知らない人にも理解しやすく書かれている良記事です。是非、お読みになることをお勧めします。

佐々木編集長からオファーを頂いてからこの記事を読んだのですが、これなら是非、話してみたいと思いました。特に中村さんが、おそらくは字数の関係から端折らざるを得なかっただろうと想像できる「ユーザーからの視点」での話と、ネット企業の立場からするととんでもない話だというのを、フリーランスの立場であるからこそもっとわかりやすくはっきり表現できるだろうと思ったからです。

このLive Picksという番組は、フジテレビがやっている24時間配信ネット報道チャンネル「ホウドウキョク」の中で、ニュースサイトのNews Picksと共同で作っている番組です。News Picksの佐々木編集長とは以前から親しくさせていただいており、News Picksで「テレビの未来」シリーズを書かせていただいたこともあります。

今回の配信は、話す時間が3分間ということで、短い! セミナーなどで話すときのパワーポイント1枚分よりもまだ少ない感じです。でもテレビのストレートニュースでは1項目1分程度が普通ですので、3分のニュースというとちょっとした企画モノの扱いになる、かなりの分量になります。3分の間に視聴者が関心を持つような話し方で、なおかつ新しい視点を提供し、聞いてよかったと思える内容を提供しなければなりません。話の中で紹介するデータ(数字)は必須です。データがないと説得力がありません。しかし数字が多すぎると、聞いている人はつまらなくなり、関心を失ってしまいます。適度で効果的な数字が必要です。

こうしたことを考えながら、ギリギリ3分間で話せる内容を煮詰めました(かなり早口になりますが)。あとはその場の雰囲気や、言葉のやりとりを見ながら調節することしました。
以下が、私が話したことです。

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ユーザー側からの視点で見ると、NHKは昨年末に同時配信の実験をやったのですが、同時配信を利用したのはわずか6%しかいませんでした。しかも実験に参加したのは公募で応募した人たち、つまり最初から同時配信に関心があった人たちです。それなのにわずか6%の利用率ですから、ユーザーはそれほど同時配信を見たいとは思っていないのは明らかです。

実は私もこの実験に参加したのですが3週間の実験期間中、同時配信を見たのはわずか二回しかありませんでした。同時配信に対するニーズがわずかであることを実体験で感じることができました。

もし仮に、ネットを使っている人が「放送との同時配信を見たいか?」と聞かれたら、実際に見る見ないは別にして、たいていの人が見たいと答えるでしょう。なんとなく便利そうだから。

でもそれが有料ならどうでしょうか?
仮に、受信料を払っていない人からは、受信料と同額の月額1260円を獲るとなったらどうでしょう。これは、HuluやNetflixなど、ほとんどの動画視聴サービスよりも高い金額です。

これでも見たいと思う人はどれだけいるでしょうか?
しかも受信料と同じように、強制的にお金を取るとしたら、ユーザーはどう反応するでしょう。

今度はネット企業からの視点です。
今のNHKのインターネット事業は、あくまで放送の補完業務と位置付けられていて、全受信料収入の2.5%、年間180億円まで使えることになっているそうです。

この180億円というのはどれくらいの金額かというと、ネットの有料サービスで1人月額1000円の場合、150万人のユーザーから得られる売上高と同じ金額になります。

このユーザー数は、日本テレビが大々的にやっている動画配信サービスのHuluと同じ規模です。
NHKは、放送の“補完”業務にしか過ぎないのに、最大手のネットサービス並みのお金を今でも使えることになります。(そのお金をどれだけ有効に使っているのかというのは、また別の議論になりますが)

ところが今回、NHKは“補完”業務でなく“本来”業務でやると言い出しました。補完業務ですら180億円も使えるのに、本来業務ならどれだけ使えるのでしょうか。ネット企業からすれば、突然、強大なライバル企業が現れたことになります。

しかもネット企業は一生懸命、営業活動してユーザーからお金をいただいているのに対し、NHKは法律に基づいて強制的に徴収したお金で、大規模なネットサービスを展開できるようになります。民放やネット企業のように景気に影響されることもなく、安定的に巨額な受信料が手に入るのです。

これでは、民放だけでなくネット企業からも「民業圧迫」の批判は起きるようになるでしょう。

今回のNHKの表明は、多くのユーザーと、多くのネット企業を敵に回すことになるのですが、この意味をNHKは分かってやっているのでしょうか?

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だいたいこんな内容だったんですが、さすがにこれは3分では無理で、おそらく5分くらいになったと思います。でも、声だけで聞いている視聴者の方々にも、そこそこ面白いと思っていただけたのではないかと期待します。ありがたいことに、佐々木編集長からも番組終了後に「氏家さんのトーク、さすがの安定感でした。簡潔で的確。」とお褒めの言葉をいただきました。

でもまぁ考えてみれば、自分自身が長いことテレビ局の報道やバラエティや情報番組を作ってきたしテレビで話したことも何回もあるので、どういうことを、どんなふうに話せば、視聴者と制作者に喜ばれるかがわかっているので、当然といえば当然ですが。

あやぶろ復活の第1弾が、ネット番組の体験記になってしまいました。これからのあやぶろはハードなメディア論はもちろん、気楽に読める記事も増やしていこうと思います。
今後のあやぶろ、ぜひご期待ください。

あやぶろ編集長・フリーランス
氏家夏彦


編集部より:この記事は、あやぶろ編集長、氏家夏彦氏(元TBS関連会社社長)のブログ2017年7月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はあやぶろをご覧ください。