自国の立場を正当化するだけの国史は世界史ではない

尾藤 克之

写真は宮脇淳子氏(KADOKAWA提供)

いま、にわかに世界史がブームになりつつある。カナダの歴史家、ウィリアム・H. マクニール『世界史』(中公文庫)が上下巻を合わせて30万部を突破し火をつけたようだ。過去の歴史から学び、ひも解くことで見えてくるものがある。

今回は、歴史学者(専門は東洋史)として活動する、宮脇淳子(以下、宮脇氏)の近著『どの教科書にも書かれていない 日本人のための世界史』(KADOKAWA)を紹介したい。日本人が学ぶべき世界史とはどのようなものだろうか。

日本書紀の枠組みにとらわれると世界を見失う

――私たちが世界史を考えるときどのような視点をもつことが大切だろうか。宮脇氏は留意すべきポイントがあると次のように述べている。

「日本列島だけが日本だという世界観こそが、もっとも問題であると私は考えています。この思想は、日本最初の歴史書である『日本書紀』の枠組みにとらわれすぎていることを、私たちは自覚しなければなりません。第二次世界大戦が終結した際、内地に引き揚げてきた日本人は660万人にのぼりました。」(宮脇氏)

「これは、台湾、朝鮮半島、満洲、中国、樺太、東南アジア、南洋諸島などの外地から、現在の日本国領土である内地に引き揚げてきた日本人の総数のことです。」(同)

――そして、宮脇氏は次のように続ける。

「戦後の日本史は、1894年~1895年の日清戦争で日本領になった台湾、1904年~1905年の日露戦争で日本領になった樺太のことは教えません。同じく日露戦争後、日本が投資をしつづけて、1932年には独立国家が建国された満洲も、1910年から日本に併合された朝鮮半島のことも教えません。」(宮脇氏)

「第一次世界大戦のあと国際連盟から信託統治を委任された南洋諸島のことも教えません。それどころか、これら外地に住んでいた日本人たちを、勝手に外国に渡った例外の日本人のように扱ってきました。どうして日本史は無視してきたのでしょうか。」(同)

――歴史教育における様々な事情が引き起こしてきたものと考えられるのではないか。

「日本の歴史教育は、戦前は日本史と東洋史と西洋史に分かれていました。戦後は、東洋史と西洋史が合体した世界史と日本史に分かれています。どちらにしても、日本人にとっては、日本列島の歴史と海外の歴史は、まったく別のものとして認識しています。まるで日本は世界の一員ではないかのようです。」(宮脇氏)

「20世紀の日本では、欧米に劣らない能力があることを示すために健全な植民地経営を行ない、国家をあげて現地に投資しました。国家の全面的な支援があったからこそ、日本人が安心して外地に赴き、現地に根を下ろすことができたのです。」(同)

自国の立場を正当化するだけの国史は世界史ではない

――しかし日本の統治は長くは続かなかった。

「1945年に日本は敗戦国となりました。アメリカの占領下で歴史の見直しをさせられた日本人は、自己保全のため、日本の歴史を、再び日本列島の内側だけに限定させることを選んだのではないかと考えています。日本史はもともと、古代から日本列島の内側の出来事だけを論じるものでした。」(宮脇氏)

「そのうえで、日本列島の内側だけを日本史と見なすことにしたのです。日本列島の外側はすべて外国になりますから、そこに行った日本人は外国の領土を侵略した悪い人たちだと戦後の歴史教育は教えます。そう言われると普通の日本人が納得してしまうのは、日本史の枠組みの影響です。」(同)

――今後、日本史観を変えていくにはなにが必要になるか。

「漢字や仏教が大陸から伝わる前から日本人は独自の文化をもっていたという考え方は、『日本書紀』『古事記」の日本神話に基づいています。日本の文明こそが世界一古く、君主は万世一系だというような日本中心の史観では、何を論じても、結局は、他国と大同小異で、同じ土俵上で争っていることと同じです。」(宮脇氏)

「自国の立場を正当化するために書かれる国史をどんなに集めても、世界史にはなりません。必要なのは、これから私たちはどのような国になりたいのか、世界でどんな役割を果たしたいのかをはっきりさせることです。日本人の立場からは世界はこう見えるということを、正しく発信していくことが必要です。」(同)

今回、紹介したのは世界史の一部にすぎない。「世界史」を正しく理解することには大きな意味がある。そこには何がみえてくるのか。誰も挑もうとしなかった難問を、宮脇氏が鮮やかに解き明かしている。なお、本記事用に本書一部を引用し編纂した。

参考書籍
どの教科書にも書かれていない 日本人のための世界史』(KADOKAWA)

尾藤克之
コラムニスト

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