IMFは世界経済見通しを据え置き、米国は下方修正

国際通貨基金(IMF)は7月24日、最新版の世界経済見通し(WEO)の最新版を公表した。タイトルに「安定しつつある回復(A Firming Recovery)」を掲げた今回、2017年の世界成長見通しを従来の3.5%増、2018年も前回の3.6%増で維持。ただしトランプ政権下で政治停滞が懸念される米国、BREXIT問題を抱える英国は下方修正している。日本やユーロ圏、中国は逆に2017年のみ、あるいは2018年と合わせ上方修正を確認した。

IMFは、2017年の世界経済見通しを据え置き「短期的なリスクは均衡」との判断を下し、ユーロ圏で政治リスクが後退したとの見地から循環的な一段の景気回復への期待も寄せている。ただし、「中期的には下方リスクに傾いている」と指摘。また「市場での高い(rich)バリュエーションと低ボラティリティが、政治不透明性が高い環境下で市場の調整を生む可能性を強める」と分析した。なお4月にIMFが金融安定報告を公表した時は、米株相場に対し「割高観(stretched valuation)と財政刺激で恩恵を受ける見通しのセクターの高いパフォーマンスが過剰にバリュエーションに判断されているリスク」を挙げていた。そのほか、7月版のWEOでは前回に続き中国での債務急拡大を問題視し、米国については金融引き締め策がもたらす悪影響に懸念を示している。内向き政策と地政学的リスクも、前回と同じくリスクとして挙げた。その他のリスクは、以下の通り。

1)政治不透明性の長期化(A more protracted period of policy uncertainty)
→米国での規制や財政政策をめぐる動向をはじめBREXITの行方、地政学的リスクなど

2)金融情勢における緊張(Financial tensions)
→中国での過剰債務がもたらす景気減速と商品市場や貿易を通じた波及効果、米国の予想以上に早い金融引き締め並びにドル高がもたらすエマージング国の影響、ユーロ圏の銀行の脆弱なバランスシートなど

3)内向き政策(Inward-looking policies)
→潜在成長率引き上げや(取り残された人々を)含めた成長拡大に失敗すれば、保護主義を強め、サプライチェーン障害を生み、生産性を低下させる

4)非経済的要因(Noneconomic factors)
→地政学的リスク、国内政治、脆弱な政治体制と腐敗による景気圧迫

以上の点を踏まえ、IMFは1)経済のモメンタムを強め、2)成長を底堅く均衡とし、3)労働参加率の男女差を縮小させるような取り込み政策で高い成長を支え、4)低所得国の底堅い成長を強化し、5)富の分配に努め、6)公正性を確保し多国的な枠組みを維持する――必要性を唱えた。

世界成長は改善歩調を固めつつ、米英は当初予想より鈍化。


(出所:IMF

IMFは今回、米国につき2017年は従来の2.3%増→2.1%増2018年は従来の2.5%増→2.1%増へ引き下げました。医療保険制度改革(オバマケア)の撤廃・代替案移行で躓いただけに、トランプ政権が求める法人税率15%への引き下げを共和党上下院が受け入れる可能性は低い。IMFは「財政政策が当初予想より拡張的でなくなる」と見込み、市場期待も「減退した」と指摘した。

BREXITの激震が走った英国は、2017年(前回2.0%増→1.7%増)を下方修正。1~3月期の経済成長の鈍化を挙げている。2018年(前回1.5%増→1.5%増)は引き上げつつ、イングランド銀行の利上げについては特に言及していない。

ユーロ圏は、成長見通しを上方修正(2017年:前回1.7%増→1.9%増、2018年:前回1.6%増→1.7%増)した。スペインやイタリアの成長率改善が支えただけでなく大統領選を波乱なく終えたフランス、トランプ米大統領の米国第一主義の反動でメルケル独首相の支持率が回復し総選挙リスク後退するドイツも、見通しを引き上げられた。

中国は景気回復を背景に、2017年(前回6.6%増→6.7%増)と2018年(前回6.2%増→6.4%増)から上方修正した。これまでの政策緩和の影響と産業セクターでの過剰生産をはじめとする供給側の構造改革が奏功し、1~3月期の成長が予想以上だったという。2018年は公的支出拡大が続く見通しに基づいており、債務拡大に伴うリスクを強める点にも留意した。

日本も、2017年(前回1.3%増→1.2%増)を上方修正した。1~3月期の個人消費、輸出が成長に寄与したと伝えている。2018年(前回0.6%増→0.6%増)は据え置いた。

世界貿易動向では、2017年につき4.0%増と前回の3.8%増から引き上げた。2018年は逆に前回の3.9%増で据え置き。2016年の2.3%増(前回の1.9%増から上方修正)をそれぞれ上回り、貿易が改善する見通しとなっている。

WEOのまとめ役であるモーリス・オブストフェル主席エコノミストは、結果を受けて低インフレにも言及した。米国やカナダをはじめ金融政策の正常化に動くものの、「先進国経済ではコアインフレ圧力は低水準を維持し、長期金利見通しは目標値を超える気配を見せていない」との見解を寄せる。その上で、中央銀行は「経済指標を基に慎重に政策を進め、時期尚早な引き締めリスクを減退させるべき」と注意を促した。

以下は、各国・地域の成長見通しで()内の数字は前回7月分あるいはその後の改定値となります。

2017年成長率

世界経済→3.5%(3.5%)
a先進国→2.0%(2.0%)
aa米国→2.1%(2.3%)
aaユーロ圏→1.9%(1.7%)
aa独→1.8%(1.6%)
aa仏→1.5%(1.4%)
aa伊→1.3%(0.8%)
aa西→3.1%(2.6%)
a日本→1.3%(1.2%)
a英国→1.7%(2.0%)
aカナダ→2.5%(1.9%)

a新興国→4.6%(4.5%)
aa中国→6.7%(6.6%)
aaインド→7.2%(7.2%)
aASEAN5ヵ国→5.1%(5.0%)

ブラジル→0.3%(0.2%)
メキシコ→1.9%(1.7%)
ロシア→1.4%(1.4%)

2018年成長率

世界経済→3.6%(3.6%)
a 先進国→1.9%(2.0%)
aa米国→2.1%(2.5%)
aaユーロ圏→1.7%(1.6%)
aa独→1.6%(1.5%)
aa 仏→1.7%(1.6%)
aa伊→1.0%(0.8%)
aa西→2.4%(2.1%)
a日本→0.6%(0.6%)
a英国→1.5%(1.5%)
aカナダ→1.9%(2.0%)

a新興国→4.8%(4.8%)
aa中国→6.4%(6.2%)
aaインド→7.7%(7.7%)
aASEAN5ヵ国→5.2%(5.2%)

ブラジル→1.3%(1.7%)
メキシコ→2.0%(2.0%)
ロシア→1.4%(1.4%)

2016年成長率

世界経済→3.2%(3.1%)
a先進国→1.7%(1.7%)
aa米国→1.6%(1.6%)
aユーロ圏→1.8%(1.7%)
aa独→1.8%(1.7%)
aa仏→1.2%(1.3%)
aa伊→0.9%(0.9%)
aa西→3.2%(3.2%)
a日本→1.0%(1.0%)
a英国→1.8%(1.8%)
aカナダ→1.5%(1.4%)

新興国→4.3%(4.1%)
aa中国→6.7%(6.7%)
aaインド→7.1%(6.8%)
aASEAN5ヵ国→4.9%(4.9%)

ブラジル→マイナス3.6%(マイナス3.6%)
メキシコ→2.3%(2.3%)
ロシア→マイナス0.2%(マイナス0.2%)

(カバー写真:Bruno Sanchez-Andrade Nuño/Flickr)


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2017年8月1日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。