大学無償化より「インセンティブ奨学金」を

池田 信夫

安倍新内閣の目玉は「人づくり革命」という珍妙なネーミングの政策だ。茂木経済再生担当相は5つのテーマを発表したが、ポイントは教育無償化につきる。これは安倍首相の憲法改正案にも盛り込まれて大きな関心を呼んでいるが、政府が税金をばらまいても「人づくり」にはならない。文科省の政策は大学院重点化や法科大学院など、失敗の連続だ。

こういうとき、よくいわれるのが「日本の公的教育投資のGDP比はOECD諸国で最低だ」という話だが、それは逆だ。公的教育投資が小さいのは、日本の私的教育投資が世界最高水準だからである。OECDの調べによると、図のように教育投資のGDP比は成長率とほとんど相関がない。大国の中で教育投資が高いのはイギリスだが、それより2%ポイント以上低いドイツのほうが成長率がはるかに高い。

公的・私的教育投資のGDP比(OECD)

日本の私的教育投資のGDP比は1.5%と、大国の中ではアメリカに次いで高い。これは日本の親が、大学への投資収益率が高いことを認識しているからだ。学歴で人生が決まってしまう雇用慣行が、受験戦争を激化させ、自発的な教育投資のインセンティブになっているのだ。

大学4年間の学費は公立・私立の平均で約400万円だが、大卒と高卒の平均生涯賃金の差は約5000万円。金利を計算に入れても収益率は10倍以上だ。(偏差値の高い)大学ほど確実で収益率の高い私的投資は他にないので、公的投資は必要ない。「大学無償化で所得を再分配する」というのも逆だ。大学に進学する子の親は高所得なので、学費を無償化すると所得は逆分配になる。

問題はOECDも指摘するように、大学の学費の家計負担率が51%と高いことだ(OECD平均は21%)。これは現在の貸与型奨学金を大幅に拡大して家計の資金繰りを支援すればよい。給付型でばらまくのではなく、大学のランキング(センター試験の偏差値)に応じて貸与額を決めるのだ。

これは現在の奨学金のように親の所得などを審査せず、対象となる学生すべてに機械的に貸与する。たとえば偏差値60以上の大学なら全額貸与するが、偏差値40以下の大学には奨学金を出さない。このようなインセンティブ奨学金にすれば、学費を回収できない大学には進学しないから、自己選択が機能する。

いずれにせよ今の非生産的な大学(特に文系)にこれ以上、公費を投入すべきではない。支援するなら幼児教育である。その投資収益率が高いことは、ヘックマンなどの実証研究で明らかであり、8歳までに人生の勝負はついてしまう。「人づくり」に必要なのは大学への財政支援より、幼稚園と保育園をバラバラに支援している不合理な制度の改革である。