米パリ協定離脱は気候変動対策を後退させず

岩瀬 昇

読後感は「なるほどね」である。
筆者が読んだのは、FTの、トランプ大統領の離脱政策を市場が無視している、という内容の記事だ。原題は “Trump falls flat with climate change retreat” (2017年8月7日)となっており、”Markets, not politics, drive energy sector’s push to cut greenhouse gas emission” というサブタイトルがついている。
要点は次のとおり紹介しておこう。

・米国務省は金曜日、2015年のパリ協定から離脱することを国連に通知した。トランプ大統領が6月に表明していたことで、世界最大の経済規模を持ち、世界第二位の温室ガスを排気している国が、主要欧州諸国が「我々の地球にとって重要な装置(instrument)」と表現しているパリ協定から離脱するというものである。

・然しエネルギー産業への影響は、当面無視しうる程度のものだ。もちろん、どうなるかはまだわからないが、エネルギー会社の将来展望は、トランプ表明後の9週間、いささかも変化していない。温室ガス排出を減少させる動きは、政治的決定がどうあろうとエネルギー市場では続くとみているからだ。

・再生エネルギー発電や電力貯蔵のコスト下落、電気自動車の増加、安価な発電用ガス供給および、少なくともしばらくの間は石油がたくさん供給可能なことなど、温室ガス排気量を減少させる方向に多くの投資がなされているからだ。最近発表された石油会社の決算報告時のコメントは、これらの点を明確に示している。

・環境派であるCarbon Tracker InitiativeのAndrew Grant曰く、高コストの化石燃料への投資は無駄になるだろうという “wasted assets” (無駄になる資産)論は、100ドル時代には受け入れられなかった。

・IEAの、気温上昇を摂氏2度マックスに抑えるという「450シナリオ」では、石油消費量は2015年の9,250万BDから、2025年に8,990万BD、2040年には7,320万BDに減少する、となっている。

・石油生産はまだまだ必要で、「450シナリオ」でも業界全体で、自然減退の穴埋めと必要な需要を満たすためには、4.9兆ドルの投資が必要とされている。石油ガス業界には、何十年もの未来がある。

・しかしコストカーブの頂点にある(生産コストが高い)資産はトラブルに見舞われるだろう。Carbon Trackerは、Rystad Energyの予測コストデータを使用した分析を6月に発表し、不経済な資産に投資しているリスクの高い会社を示している。

・この分析には予想とおりの結論もある。たとえばパーミアンの、Pioneer Natural Resourcesのような低コスト操業者やサウジアラムコなどは石油需要が落ち込んでも利益を出すだろうが、同じ地域でもすべてが同じではない、ということだ。

・最近、第2四半期の決算発表を行った何社かは、コストカーブの低い水準にいることを投資家への重要メッセージとしている。

・BPは「現在よりも十分に低い価格」、すなわち35~40ドルでも、キャッシュフローで資本投資と配当を賄える、と発言した。

・シェルは「おおよそ」40ドルを損益分岐点として投資判断をしている、と語った。

・彼らの判断は、気候変動と石油需要の見通しだけではなく、急激に価格が上昇すると米シェールから追加供給がなされ、価格を下押しすることになる、という見通しも要因としている。石油市場というものは永遠に不確実なものなので、決して後悔しない戦略(a no-regret strategy)を採用している。

・もし石油価格が、十分にありうることだが、もっと高く上昇すると、コスト削減と資本投資を減少させている会社は、成長する機会を失うことになるかもしれないが、十分なキャッシュフローにより、株主に見返りを与えることができるのだ。

・トランプの決断後、気候変動政策がどうなろうと、コスト引き下げ圧力と注意深い投資判断は当面、支配的なものとして残るだろう。

やはりトランプには「エネルギー政策」はない、という筆者の判断を再確認させる記事だな。


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2017年8月8日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。