報道各社の安倍政権の内閣支持率が改造効果で軒並み持ち直すなか、朝日新聞だけは「支持率上昇はほぼ見られず」だったそうだ。設問設計や読者層の違いもあるかもしれないが、昨日(8月8日)の記事では、回復傾向の他社の数字と比較をして「支持率の下落に歯止めはかかった」としながらも、「支持模様を分析すると、安倍内閣への有権者の目は依然として厳しい」と評する分析記事を掲載している。
なんだか、風速が弱まりつつある安倍政権への逆風を少しでも吹かせ続けたいために、ネガティブな印象を先行させようとする意思が見え隠れするようだが、加計学園問題での明確な違法性がない中での政権叩きは、夏野剛さんに「フェイクニュース」とまで評されているほど過剰に見える。なぜ朝日新聞はこれほどまでに安倍首相との対決姿勢をとり続けるのか改めて不思議な気持ちになった。
このほど、宇佐美典也さんとの対談本『朝日新聞がなくなる日〜“反権力ごっこ”とフェイクニュース』(ワニブックス)を刊行するにあたり、朝日新聞について考える機会があったばかりで、少しだけ考察してみよう。
加計学園の件が「問題化」されたのは今春以降のことで、朝日新聞の安倍バッシングにスイッチが入った要因の一つは、おそらく今年5月に表明した憲法改正意向の件であるとみられるが、そもそも、安倍首相と朝日新聞の因縁のバトルはもう20数年来に渡るものだ。
首相の若手議員時代や一次政権の頃を知らない若い人も増えてきたが、以前の安倍さんといえば、「戦後レジームからの脱却」「美しい国」などと歴史観や憲法観などでゴリゴリの保守的姿勢を前面にしていた。朝日新聞からすれば、元A級戦犯(訂正・A級戦犯容疑者)のタカ派宰相、岸信介の孫という出自ストーリーも加わって、不倶戴天の仇敵となっていき、両者はやがて2005年、いわゆるNHK番組改編問題(詳しくは池田信夫blogをご参照)で激しく衝突することになる。
その翌年に安倍さんが小泉さんの後を継いで首相になってしまうのだから、朝日新聞にとっては「悪夢」でしかなかっただろうし、1年しか持たずに退陣したときには「してやったり」という思いだったはずだ。
ところが、朝日新聞はもちろん、その当時を知っている国民の多くも予想しなかったことに、民主党政権時代を経て、安倍さんが首相の座に返り咲く。しかも、およそ彼のイメージになかった経済政策を前面に掲げただけでなく、「働き方改革」「女性活躍」などとリベラル風味の政策姿勢をみせ、1次政権の頃のどこか青々しいまでの伝統的保守色は薄らいでいた。
きのうのVlogでも述べたが、復活した安倍首相の政権運営は、ポジショニング的には左にウイングを大きく広げてきた構図。かつての民主党政権に一度は支持が移った中間層からの支持を抱き込むことに成功しただけでなく、その政治的効果としても下野後の民主党(現民進党)を左へ、左へ追い込むことになり、敵なしの状況を作ることになって5年近い政権長期化に成功した。
安倍政権をボクシングの王者にたとえると、KO狙いの攻め一辺倒だった若い頃にふとした油断でカウンターを食らい、短期間しか王座を守れなかった反省を生かした。再起してベルトを取り戻してからは、アウトボクシングとクリンチも組み合わせ、消耗戦に持ち込んででも「負けない」試合をする老獪なスタイルに生まれ変わったといえる。
そうなると、安倍さんが、右側のポジションで猛々しいボクシングをしてくると思った朝日新聞からすれば、思わぬファイトスタイルの変更に戸惑いの連続だっただろう。働き方改革、女性活躍を掲げ、労組の代わりに賃上げを企業にお願いする。そういうクリンチが積み重ねられてしまうと、下野後の民主党(民進党)にとって形無しになるだけでなく、朝日新聞にとっても突っ込みどころが打ち消されていってしまう。女性の活躍といった正論を言われてしまえば、揚げ足をとるのがせいぜいだ。
しかし、2015年秋の安保法制で集団的自衛権容認に転じた一件は、野党や朝日新聞にとって久々の突っ込みどころとなった。国会前デモが連日喧伝され、民主党が選挙戦においても共産党との野党共闘に舵を切り始める転機になるわけだが、朝日新聞をはじめとする報道側の左傾化……いや、先鋭的に左傾化したという意味で「左鋭化」し始めたのも、まさに政界の動きと軌を一にしてきたと言っても過言ではあるまい。
その意味では、左にウイングを広げてきた安倍政権のマーケティングが一時期までは奏功し、野党をじりじりとコーナーポストに追い込んだものの、いまは「セコンド」の朝日新聞側から派手に逆襲を仕掛けられたといった格好か。野党潰しの政治的効果が生んだ「副産物」だったわけだ。ここまでに至る間、安倍さんが王座に君臨するうちにお友達重用などで「油断」したことも小池さんという強い挑戦者の出現も許してしまった。
「安倍政権VS朝日新聞」の最終ラウンド、今後の攻防も注視したい。
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なお、新刊について一言添えておくと、タイトルがどぎついため一見すると、百田尚樹さんあたりの右派論客のそれっぽさがあるが、中身は違うものになるだろう。かつて競合他社として取材現場で苦楽を共にしたこともある身としては、若手の朝日記者には、腹落ちしてもらいたいとも思っており、そのあたりは28日の発売に向けて書いていくつもりだ。