先週号のNew England Journal of Medicine誌に「Olaparib for Metastatic Breast Cancer in Patients with a Germline BRCA Mutation」という論文が掲載されていた。PRAPはDNA修復などに重要な分子であり、このPARP阻害剤、オラバリブ(Olaparib)は一部のタイプの卵巣がんへの適応が承認されている。今回は、HER2が陰性で、かつ、遺伝的に家族性乳癌遺伝子(BRCA)に異常が認められる転移性乳癌に対して、標準的な化学療法と比較試験を行った結果である。
302名が無作為に2つのグループに振り分けられ、205名がオラパリブを投与された、97名が標準的治療(2:1の割合)を受けた。無増悪期間中央値は、オリパラブ群で7.0ヶ月、標準的治療群で4.2ヶ月(p値が<0.001)と有意に差が認められた。腫瘍縮小効果が認められたのはオラパニブ群で59.9%、標準的治療群で28.8%であった。グレード3以上の重篤な副作用はオラパニブ群で36・6%に対し、標準的治療群では50.5%と、オラパニブ群の方が低かった。さらに毒性によって治療の継続ができなかった患者の割合は、オラパニブ群で4.9%、標準的治療群で7.7%であった。
上記の結果を見る限り、全生存期間もオラパニブ群の方がかなりいいという印象を持つのだが、全生存期間中央値はまったく差がなかった。分子標的治療薬でしばしば認められる現象だが、一旦は腫瘍縮小が認められても、再び増殖を速めた場合、急速に悪化することがある。重篤な副作用の頻度がオラパニブ群で低いので、副作用が生存期間に影響を与えたとは考えにくく、今回の場合、再び大きくなり始めたあとの悪化が急激であったために、生存期間に差がつかなかったと思われる。
この結果を受けて、この薬剤がこの条件の患者さんへの適応が承認されるかどうかは、規制当局の考え方による。しかし、一旦は小さくなる、あるいは増悪期間が2.8ヶ月延長するが、生存期間は変わらないという現実を、患者さんや家族、そして、医療従事者はどう評価すべきなのかを考える必要がある。がんの増殖が抑えられ、その分だけ、生存期間が延びれば、患者さんや家族にとって意味は大きい。
しかし、今回のようなケースは、高額な抗がん剤治療が社会問題となり、医療保険制度の存続が脅かされつつある現状では、費用対効果という観点を医療制度の中に盛り込んでいく必要性を、改めて考えていかなければならない。
編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年8月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。