法令は遡及しない。では最高裁判例は?

荘司 雅彦

法律には「法令不遡及の原則」というものがあります。
具体例として、「週刊東洋経済 9月2日号」(8月28日発売)で執筆したように、短期消滅時効が改正民法施行後にどうなるかという問題があります。

改正民法は、2020年6月2日午前0時までに施行されます。
そして、債権の時効は原則として5年に統一されます(権利行使できることを知らなかった時は、客観的に権利行使できるようになってから10年)。

現行民法では、飲み屋のツケは1年で消滅時効にかかります。
そこで、今日の飲み代をツケにしたとして、2020年に時効期間を5年とする改正民法が施行されたら、「ツケの消滅時効は今日(つまり2017年8月)から5年、つまり2020年8月まで延長されるのか?」という問題です。

「既に国会で成立しているのだから5年にすべきだ」という意見ももっともですが、「法令不遡及の原則」が適用されて、旧法(現行民法)の時点で行われた行為は旧法で処理されるのです。つまり、施行前に飲んだツケは(たとえ新法施行後であっても)1年の消滅時効が適用されるのです。施行前日に飲んだツケも1年の消滅時効が適用されます。

「法令不遡及の原則」の根拠は、人は行為当時に適用されていた法律に則って行動するものだから、その後に施行された新法を適用すべきでないというものです。

先の例でいえば、「今の法律だとツケの時効は1年なので、店主は1年以内に回収して下さい。そうしないと時効にかかりますよ。新法が施行されて棚ぼた的に利益を受けることは出来ませんよ」ということです。

では、旧法当時の最高裁判例の守備範囲はどうなるのでしょう?

私が弁護士になりたての頃、旧法に不具合が多いため(各方面からの批判を受けて)新法に改正された事案を受任しました。事案は旧法当時に発生していたので旧法が適用されます。ここまではわかっていました。

しかし、私は、各方面から批判が多くて改正された旧法の解釈は新法に即して行われるべきだと主張したのです。先の時効期間のようなシンプルな法律ではなく、解釈の仕方によっては(誰もが妥当と考える)新法と同等の結果を導くことが出来た事案だったのです。

ところが、旧法当時に同事案を解釈・判断した最高裁判例があったのです。

相手方は、旧法が適用される事案で、その法律の解釈である最高裁判例が存在するのだから本事案でもその最高裁判例が通用すべきと主張。私は、不具合のある旧法が各方面からの批判を受けて新法が誕生したのだから、例えて旧法が適用されても新法に即した新たな解釈をすべきだ。当時の最高裁判例は規範性がないと主張。残念ながら「当時の最高裁判例は生きている」という裁判官の判断で、敗訴的和解で終わりました。

確かに、旧法が適用される以上、その解釈である最高裁判例も生きていると考えるのが一般的には妥当でしょう。

しかしながら、不具合の多かった旧法がより妥当な新法に改正された場合、(少なくともその不具合に関しては)裁判所は旧法適用に当たって新たな解釈をすべきだと今でも思っています。

とことん争えなかったのは、依頼者に長期戦ができない事情があったことと、多くの裁判官が「ヒラメ裁判官」(最高裁の顔色ばかり伺って最高裁判例に決して反旗を翻さない裁判官)であるという事情があったからです。

時効期間のように解釈の余地のないものは、法律も判例も遡及しません。しかし、解釈如何でより妥当な結論が出るのであれば、旧法に新しい解釈を加えるのも裁判所の任務であると、私は今でも思っています。


編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年8月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。