メディアまで巻き込み、値上げの連鎖を引き起こそうとする仕掛けが裏で動いているような感じです。陰で旗を振っているのは官邸に違いありません。日銀の異次元金融政策が効果を表さないので、業種ごとの価格改定を奨励し、値上げが国全体に広がるように仕向けようとする作戦です。
通常なら値上げをしようとすると、消費者の抵抗にあったり、政府も合理化努力を注文するでしょう。それがデフレが続き、「値上げは善」の時代となり、政府、日銀は理由はどうあれ、とにかく値上げなら歓迎しています。値上げが進むと、中身はどうであれ、アベノミクスが効果を上げている証明だと評価される妙な現象です。
本来なら、景気が好転し、需要が高まり、その結果、物価も上がっていくというのが歓迎すべき姿です。経済活動の結果が物価に表れることになるはずです。それがとにかく物価が上がれさえすればいいのだとなると、業界や企業の不合理な体質も温存されたままになりがちです。
「鳥貴族」の値上げに対する過剰報道
焼き鳥全国チェーンの「鳥貴族」が28年ぶりに、値上げを発表しました。普段なら新聞の片隅にしか載らないような話です。それをNHKが先週、夕刻から何度もしつこいほど、繰り返し報道する日がありました。情報媒体の動きをウォッチしている知人が「NHKはいつから鳥貴族のパブリシティを請け負っているのか」と、辛口の論評をネットに流しました。NHKは「鳥貴族」のPR役というより、値上げの波が広がることを期待する政府のPR役を演じているかのようです。
人手不足からアルバイトの時給が高騰し、賃金を引き上げないと、人手を確保できないとかの理由はあるでしょう。1串280円を298円に引き上げるそうです。約6%のアップですね。消費税を5%から8%に引き上げた時の倍の上げ幅です。消費税アップが景気を冷やしたという批判はどこへいってしまったのでしょうか。
外食中華チェーンの「日高屋」がビールを310円から330円に、これも約6%アップする動きがメディアで報じられています。国税庁が酒税法を改正して、ビールの安売り規制(販売原価以下の販売禁止)を強化し、ビールが値上がりしていることに関連があります。過度の安売りは小規模な酒販店の経営を圧迫しており、それを防ぐというのが理由になっています。
財務、郵政省も値上げの先導役
国税庁が安売り規制の強化を6月から始めたとき、私は「ははーん、くるものがきたな」と思いました。ビールが値上がりすれば、消費者物価の引き上げに貢献するだろうし、酒税収入が増加すれば、財務省・国税庁は大歓迎です。デフレ脱却と税収増の一石二鳥ですから、世論の批判を気にする必要がありません。
6月からハガキが52円から62円に値上がりしました。20%近いアップです。郵便物も140円から220円に値上がり(100g以内、規格外)するなど、大きな上げ幅です。郵便物の減少、人件費の上昇で経営が悪化しているのを防ぐというのが対外的な理由です。郵政省、日本郵便の合作で、値上げムードを高められるという狙いも大きいに違いありません。
宅急便最大手のクロネコが10月から、大幅な料金値上げを実施します。ゴルフバックは1個1500円が1880円へと、20%以上の値上げです。人手不足対策、残業代の支払い、利益なき繁忙の是正のためのようです。「健全な労働環境を守る」という理由は認めるにせよ、値上げの露払いとして、国交省は歓迎しているに違いありません。値上げに向かう前に、再配送というムダの排除、過剰な競争の自粛、宅配サービスの見直しなどが必要だと思います。
考えてみれば、黒田日銀総裁が唱えた「異次元金融政策でデフレ心理を払拭していけば、物価上がる」という学説は空転をしています。「デフレ心理が消費者心理にしみついてしまい、国民の安値志向は根強い」、「日米欧の中で、日本が最も価格硬直性が強固である」という、分析がもっぱらです。
そこで官邸あたりが「個別に料金値上げを奨励していけば、値上げの波は広がるだろう」、「メディアにも値上げ報道を奨励し、国民心理の変化を期待しよう」と、考えたのではないかと思います。
政府、日銀が掲げる「消費者物価2%上昇」目標に対し、7月は前年比で0.5%で、7か月連続の上昇です。無理やり2%に引き上げるのは止め、1%程度の目標に下方修正し、金融緩和政策の「出口」(転換)を模索し、日銀や財政に過重な負担を与えないようにすべきだと考えます。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2017年9月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。