007に学ぶ仕事術:「趣味×実益」で出版する手法

新田 哲史

アゴラ出版道場の運営を手伝っていただいている尾藤克之さんが、このたび『007に学ぶ仕事術』(同友館)を出版した。私自身も『oo7』シリーズのかなりのフリークで、いつの日か関連本を出してみたいという夢があっただけに「その手があったか」と結構くやしい(苦笑)。まだ半分程度読んだところだが、今後出版されたい方のために、本の企画の作り方として参考になる部分があったので少し紹介しておこう。

事前の予想を「裏切った」構成

タイトルでもわかるように、世界中の男たちを魅了してきたスーパースパイ、ジェームズ・ボンドの立ち回り方から仕事術を学ぶというビジネス本だが、本書の刊行を聞いた時に2つの感想を抱いた。一つ目は、先述したように先を越されたという嫉妬だが、二つ目は本の構成に対する予想だ。すなわち、映画の印象的なシーンをまず活写した上で、そこから『007』ファン&コンサルタント経験者の著者が、ビジネスパーソンとしての必要な要素を抽出・分析して読者に提示するという流れではないかと思った。

しかし、実際に読んでみると、よい意味で裏切られた。基本はオリジナルだ。

もちろん映画にあやかった書籍ではあるので、歴代作品のシーンは一部引用しているのだが、まず小説形式も取り入れ、ボンドの孫に見立てた、日英ハーフの若手ビジネスマンを主人公に設定。この彼が組織内で理不尽な目に逢う様を前面に立てた上で、映画の各シーンを一部切り取って、それぞれのエピソードで提起したビジネスパーソンのお悩みの打開策や学びを提案している。

この本の主人公が直面する試練は、無能でいばりちらしている上司がいたり、あるいはその上司に取り入る無能な同僚に出し抜かれたり…といった職場のリアルな模様ばかりだ。雇用が流動化している割に、終身雇用・年功序列の気風がいまだ根強く残るという日本企業の特質を想定した上で本書は構成されているが、議員秘書、人材コンサルタントなどとして実社会の影とリアルを十二分に経験してきた著者だからこそ書けるといえる。

リアルな日常とファンタジーをつなぐ難しさ

考えてみれば、『007』シリーズはプロデューサーのマイケル・G・ウィルソン氏がかつてNHKのインタビューにも語っていたように「ファンタジー」に過ぎない。映画で描かれるボンドの超人的な活躍と、私たちの日常の距離感は本来ものすごく隔絶されているはずで、もし私が当初予想していたように、映画のワンシーンを事細かに活写してから仕事術として使える要素を分析する、といった構成では、ありきたりだったろうし、上滑り感は半端なかった。映画のスーパースパイの活躍する様を表層的に切り取っただけでは、世のビジネスパーソンのお悩み解決につながるほどの深みがなくなるのだから。

ビジネス書の出版を希望される方で「売れる」企画がなかなか思いつかなくて苦しんでいる人は非常に多い。そのなかで、売れるためのフックとして、一般に馴染みのある映画やドラマ、あるいは著名人を素材に活用しつつ、自分の専門性を掛け合わせるというアプローチは有効だ。

しかし、難しさもある。単なる映画好きであれば映画評論家でもないのに作品そのものを論じても意味がない(企画として成立しない)。あるいは、現実味が乏しいフィクションを題材にしたり、取り上げる著名人と自分が接点のなかったりする場合に、自分のビジネス領域を結びつけるのは簡単ではない。

苦闘を経て出版実現したときの感動

そうした題材(=趣味)と本業(=実益)のギャップを埋められるかどうかは、筆致も問われるところだが、最終的には、この本の著者が現場のリアルを知り尽くしているように、専門家の見識がホンモノかどうかだ。私自身もデビュー作『ネットで人生棒に振りかけた!』(アスペクト)を出した時は、企画書から初稿の書き上げまで、全人格が問われているような気持ちで胃の痛い思いをしたのを思い出す。

もし将来的に『007』関連本を出すにしても、尾藤さんと異なるキャリアを歩んできた私が同じ視点のものは真似できないから、自分のメディア関係の土俵で戦える切り口を探すのに苦闘するだろう。

著者入門セミナー(次回は9月12日開催)から、アゴラ出版道場に参加される受講者が、企画づくりで苦闘されるプロセスは、まさにそうしたところであろうが、しかしその試練を乗り切って編集者から認められ、企画会議を通り、そして最後に自分の書籍が書店の棚に並んでいる様子をその目で確かめた時の感動は代え難い。

もちろん、いまのご時世、2冊目、3冊目を出すのは容易ではないので、売れる著者になるための本当の試練はそこからなのだが、出版界も、そしてウェブ発信と書籍のコラボを展開するアゴラとしても新しい才能・論客を常に探している。今後も楽しみにしている。