ドイツで今月24日、連邦議会(下院)選挙が実施されるが、それに先立ち、3日夜、与党「キリスト教民主同盟」(CDU)党首のアンゲラ・メルケル首相(63)と社会民主党(SPD)党首のマルティン・シュルツ氏(61)の2大政党党首の討論会が行われた。「DAS TV・DUELL」と呼ばれた討論会番組は4人のジャーナリストの質問に両党首が答えるというやり方で進行した。
連邦議会の投票日まで両党首のTV討論(90分間)は3日が最初であり、最後ということもあって有権者の関心は高かった。討論会後のドイツ公営ARD放送の調査によると、「メルケル首相が良かった」と答えた人が55%でシュルツ党首の35%を大きく引き離した。12年間、政権を担当してきたメルケル首相の貫禄勝ちだろう。
シュルツ党首としてはメルケル首相との差を縮める最後のチャンスだった。欧州議会議長を5年間勤めたシュルツ氏がベルリンの政界に復帰し、停滞気味のSPDの党首に選出された時(2017年3月)、同氏の人気はメルケル首相を脅かすほど高かったが、その後、下がり続けた。特に、シュルツ氏が新党首として臨んだ3回の州議会選挙(ザールランド州、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州、そしてドイツ最大州ノルトライン=ヴェストファーレン州)で社民党は3連敗を喫してしまったからだ。
複数の世論調査ではメルケル首相とシュルツ氏の支持率の差は15から20ポイントの大差がついている。シュルツ陣営の危機感は深刻だ。一方、4選を狙うメルケル首相は投票日まで無難に選挙戦をこなしていけば勝利はほぼ間違いないところまできている。シュルツ氏の「2回目の党首討論会を」という申し出もやんわりと拒否し、4選に向けて疾走中といったところだろう。
さて、記者団から提示されたテーマは、難民・移民問題、その統合政策、対トルコ関係、トランプ米大統領への評価、北朝鮮の核問題、経済問題、ディ―ゼル車の排気ガス不正問題、税改革など広範囲に渡った。
2015年秋、100万人を越す難民がシリア、イラク、アフガニスタンなどからドイツに殺到したが、メルケル首相が「難民歓迎政策」を実施した結果ということから、ドイツ国内でもメルケル批判が高まった。その点について、メルケル首相は「予想外の多くの難民が殺到したが、ジュネーブ難民条約に合致する難民の受け入れは欧州の責任だ。その後、国境を管理し、難民・移民を生み出す国の元凶対策に力を入れる一方、ヨルダンやレバノンなど難民受け入れ国への支援を強化してきた」と説明し、理解を求めた。
一方、シュルツ氏は「メルケル首相は難民が殺到した時、ハンガリーや他の欧州連合(EU)加盟国との連携を軽視してきた。その結果、ドイツは大きな負担を背負わざるを得なくなった」とメルケル首相の難民対策に落ち度があったと批判したが、メルケル首相から「ハンガリーのオルバン首相は最初から難民受け入れを拒否してきた」と指摘されるなど、シュルツ氏の主張は盛り上がらずに終わった。
シュルツ氏の社民党がメルケル政権の連立政権パートナーだったこともあって、メルケル政権への批判はSPDへの批判にもなる。その上、欧州議会議長を5年間勤めてきたシュルツ氏は当時、難民受け入れを支持してきた経緯がある。
難民申請を却下された難民に対する送還作業が遅れている点について、「申請が却下された難民は基本的には送還されなければならない。ただし、慎重に検討して決めなければならないケースもある」という点で両者はほぼ一致。シュルツ氏は「難民・移民の社会統合問題は、今日、明日実現できるというテーマではない。何世代にも渡る問題だ」と認めている。
両者の相違が明確になったテーマは対トルコ関係だ。シュルツ氏は「自分が首相になれば、わが国は欧州議会にトルコのEU加盟交渉の即中止を求める」と強硬論を展開。それに対し、メルケル首相は「トルコの現状は深刻で、トルコとの現時点の加盟交渉は問題外だが、トルコとの関係断絶は考えていない」と述べた。
トルコのエルドアン大統領がドイツ批判を高め、ドイツのジャーナリスを不正に拘束するなど、ドイツ・トルコ両国関係は目下険悪化している。シュルツ氏は対トルコ政策で強硬姿勢を示すことでメルケル首相との違いをアピールしたわけだが、首相から「トルコ問題を選挙戦に利用すべきではない」とたしなめられていた。
討論会で面白かったテーマは、トランプ米大統領に対する評価だ。シュルツ氏は「民主主義への認識が薄いトランプ氏では世界の問題を解決できることは期待できない」とし、トランプ氏は欧州のパートナーの資格がないとかなり厳しく批判。一方、メルケル首相は「トランプ氏とは意見の相違はあるが、米国抜きでイスラム過激派組織『イスラム国』(IS)対策、アフガニスタン問題、北朝鮮問題は解決できないことも事実だ」と指摘、トランプ米国との意思疎通を図るべきだ」という姿勢を強調した。このテーマでは、一国の責任を持つ現職首相とそうではない政治家の立場の相違が出てきたのだろう。
経済問題では、メルケル首相は「私が政権を担当した直後、わが国の失業者数は500万人にもなったが、今日、その数は250万人に減少した」と説明し、12年間のメルケル政権の実績を披露した。シュルツ氏は「富の公平な配分」というテーマを強調し、「ドイツ国民は全て豊かになったわけではない」と強調し、貧富の格差の拡大を指摘するだけに留まった。
シュルツ氏の発言の中で、社民党のゲアハルト・シュレーダー元独首相(69歳、首相任期1998年10月~2005年11月)が政界引退後、ロシアのプーチン大統領の政治的顧問のような立場で活躍し、ロシア大手企業の責任者のポストを得るなどしている点について、「ドイツ元首相としては問題ある」と述べ、シュレーダー氏の言動に対し明確な距離を置いている。注目に値する発言だ。
投票日まであと3週間を切った。シュルツ社民党はメルケル首相の牙城を崩すために懸命な反撃を試みているが、メルケル首相の安定した政治手腕、国内経済の成長は現状維持を願う大多数の国民の支持を受け、メルケル氏の4選は現時点では不動だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年9月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。