「核が落とされた後」の情報が少ないと思いませんか

梶井 彩子

「被爆」経験が継承されていない日本

北朝鮮のミサイル発射に対するJアラート鳴動に文句をつける人々がいるようだ。「まるで空襲警報じゃないか」とケチをつけた某経済評論家もいるが、「戦前回帰」を心配すべきなのは、この種の人々の方だろう。

一方で、弾道ミサイル落下時の対処などについて説明している「国民保護ポータルサイト」でも、核攻撃時の対処については書かれているものの、見つけづらい。サイト内の「武力攻撃やテロなどから身を守るために」というPDF内に「核物質が用いられた場合」として、核爆発対処として必要最低限のことは書かれているが、周知徹底されているとは言い難い。

もちろん、警報が鳴ったらなるべく遮蔽物に隠れるか地面に伏せよ、という対応は、核攻撃であっても有効だ。それも、「体得」しておくことが重要だろう。あの東日本大震災の時、私のいた東京のオフィスでは全員が瞬時に一斉に机の下にもぐったが、これは幼いころからの「避難訓練」の徹底の賜物。考えるより先に体が動いたような感じだった。

まさに災害大国日本ならではの行動だったが、核についても「唯一の被爆国」であり、福島原発事故という原子力災害を経験している日本であるならば、もう少し核や放射線への対応や被害予測などの知識を国民に周知していいのではないだろうか。

堤未果さんの『核大国ニッポン』(小学館新書)の冒頭には、「被爆国なのに、日本に核シェルターがないなんて」という在日外国人の驚きの声が紹介されている。

「戦争を忘れるな」「被爆を風化させるな」という割には、「再び落とされた時にいかに被害を最小限に食い止めるか」についてはほとんど考慮されずに来たのが戦後日本と言っていい。

「核兵器攻撃を阻止することはできない」という心構え

そこで参考にしたいのが、みんな大好き永世中立国・スイスがかつて各家庭に配布していたという『民間防衛』(原書房)だ。武力による戦争だけでなく、心理戦への対処の心構えまで書かれているなど一部ではよく知られているハンドブックだ。

当然と言うべきか、ここには核攻撃を受けた際の対処法も書かれている。まず出だしの一文で、国民への警告を促す。

〈われわれは核兵器で攻撃をしかけてくる敵を阻止することはできない〉

そしてこう続ける。

〈核爆発の爆心地付近にいるものは、防ぐ方法がないが、爆発の効果は、直下から遠くなるにつれて急速に減っていく。しっかりした構築物に防護されていさえすれば……。したがって、われわれが生き延びられるかどうか、被害を小さくできるかどうかは、事前の準備が充分にできているかどうかによるのだ〉
〈われわれは、原爆が使用されてもあわてないように、平素からその準備を整えておくことによって、はじめて自分の国を守ることができる〉

全くごもっとも。日本にとっての核の脅威は何も今に始まったことではない。自らは核を持たない選択をするのであれば、日本はせめて「再び核攻撃を受けた場合にどのように身を守るのか」を国民に周知する必要がある。

「原爆投下、その時……」

『民間防衛』では続けて、昼間人口13万人の都市の上空600メートルで20キロトンの爆弾が爆発した場合、避難所にいたかどうかでどの程度被害が違ってくるかを試算したデータを掲載。何の前触れもなく急襲された場合、死亡者が35%(45500人)、負傷者が30%(39000人)、助かるものが35%(45500人)と試算。事前に避難所に逃げていれば死傷者は計10%に抑えられるとしている。東京の昼間人口が1500万人であることを考えると、恐ろしい試算であると同時に、地下鉄でも建物の地下でも、とにかく逃げ込めば被害はそれだけ抑えられることになり、Jアラートが鳴ってからの数分間はまさに生死を分ける時間になる。

「PAC3なんかで撃ち落とせるわけがない、ムダだ!」という人もいるようだが、迎撃時の撃ち漏らしの可能性を考えればなおのこと、核攻撃後どうすべきかの正確な情報・対処マニュアルを知っておく必要がある。

『民間防衛』では「爆発に際して生じる一次放射線」にもページを割いている。これはきわめて強い一次放射線をどの程度受けるかで、その後の生死が大きく分かれるからに他ならない。対処法として、光と同じく直線的に進む放射線を避けるために〈すぐ地面にうつぶせになること〉〈地面の小さなくぼ地にでも入っていれば、放射線の一部分を免れることができる〉としている。

その後の対応については「武力攻撃やテロなどから身を守るために」のPDFにも言及はあるが、「屋内に地下施設があれば地下へ移動しましょう」「屋外から屋内に戻ってきた場合は、汚染物を身体から取り除くため、衣類を脱いでビニール袋や容器に密閉しましょう。その後、水と石けんで手、顔、体をよく洗いましょう」と書かれているのみで、どこか切迫感がない。

我が身を守る情報が必要

その他、『民間防衛』では避難所に置いておくべき設備や、緊急避難時の持ち出し袋に用意しておくべきもの、有事によって輸入や物流が止まった際や、避難所に長期間たてこもらなければならなくなった事態に備えて用意しておくべき物資の種類と量(2週間・2か月間の2パターン)などのリストなども掲載されている。

舛添都知事の置き土産である『東京防災』はかなり充実した出来栄えで評価も高かったが、これに「ミサイル・核が飛んできたら」という章を大々的に付け加えてほしいところ(一応、地震以外の災害時の対応として「テロ・武力攻撃」も掲載されており、核爆発からの避難についてわずかに言及はある)。攻撃後、どのくらいの時間が経てば屋外に出ていいのかなど、より具体的な情報が欲しい。またこれらは「紙媒体」であることも大事で、有事の際には停電その他で「ネットで調べればすぐわかる」という状況ではなくなる。いざという時の情報は物体として家や避難所、会社、地下鉄構内などに常備しておきたいところだ。

「戦争になったからと言って国のために死ぬのはまっぴら」という声も聞こえてくるが、一般国民は戦って死ぬ前にミサイルや核で死ぬ可能性を考えるべきだろう。そして、その可能性を少しでも低くするために必要なのは、核シェルターや避難所などのインフラはもちろんだが、第一に我が身を守る情報だ。