北の核ミサイル実験の過剰報道を懸念

中村 仁

産経新聞YouTubeより引用 (編集部)

誰に向け発信しているのか

北朝鮮がまた弾道ミサイルを発射し、日本の新聞、テレビは実験のたびに大展開の報道です。北朝鮮が絶対的に悪く、その挑発を厳しく批判しなければなりません。同時に、北の挑発に乗せられない冷静さが必要です。北の狙いは、日本を初めとする国際社会に対する挑発です。過剰報道はその狙いにはまる懸念があります。

誤解のないように申し上げておきますと、北朝鮮を擁護するつもりは全くありません。北が暴走、暴発したら人類社会に悲惨な被害を与えるし、北が米国などから核の報復を受けたら、待っているのは国家の破滅、消滅です。金正恩は自国民も飢餓にさらす鬼畜のような人物だと思っています。

そのうえで、日本側の反応を考えてみます。北がミサイルを発射した15日朝、NHKは午前7時前後から、「外出を避けてください」、「地下に避難して下さい」、「頑丈な建物に退避してください」、「建物では窓がない側に移動してください」などと、緊迫した口調で、繰り返し繰り返し伝えました。

ミサイルが北海道のはるか上空を通過して、2000㌔先の海中に落下したのちも、「不審な落下物には近づかずに、警察か消防に連絡して下さい」と、何度も何度もくどいほど放送していました。30分以上も続いたでしょう。政府と調整のうえ、緊急時対応のマニュアルがあり、一種の情報統制でしょう。

北が本気なら奇襲攻撃だろう

北が本気で敵国を襲撃するなら、何度も予告めいた挑発を繰り返さないで、奇襲攻撃を選ぶでしょう。ただし、狂気の人物が国のトップですから、そういう想定は適用できず、本当に核ミサイルを発射することはあり得ます。ですからあらゆる事態を想定し、緊急通報、緊急時対応の体制をとっておくのは必要です。

これも誤解ないように申し上げておきますと、そんなことまでする必要はないなどと、いっているのではありません。NHKひとつとっても、まるで空襲が始まった時のような雰囲気を報道しているのですね。そこが問題です。戦時となれば波乱含みになる為替、株式市場はこの日、反応薄で、メディアと市場の反応は好対照でした。

新聞はどうだったでしょうか。まず読売新聞の夕刊(15日)です。「北ミサイルまた日本通過」(1面)、「米、圧力強化は必至」(2面)、「上空通過、強く非難」(3面)、「通勤・通学混乱」(社会面)、「半月で2度緊迫」(第2社会面)の5頁がすべてトップ記事の扱いです。

朝刊(16日)はどうでしょうか。「グアム射程示す」(1面)、「ICBM推進」(2面)、「米、北経済を封鎖」(3面)、「高度800㌔、迎撃困難」(4面)、「中国、北制御できず」(7面)、「識者はこうみる」(11面)、「米、核戦力増強へ始動」(6面)、「万が一に備えシェルター品薄」(第2社会面)、「早朝サイレン緊張」(社会面)など、9頁でトップの大扱いです。似たような新聞は他にもあります。

メディアの大展開を喜ぶ金正恩

それぞれの記事にそう誇張があるわけではなく、必要な情報でもあります。問題は、一挙にこれだけの大展開をすると、まるで戦時体制下の新聞編集、まるで実際に戦争が始まったような印象を与えることになるということなのです。日本メディアの大々的な対応をみて、最も喜んでいるのは金正恩ではないか。

金正恩は核ミサイル戦略を通じて、敵国や国際社会への挑発に狙いを定めています。「北に挑発するなと言いつつ、われわれは挑発に乗せられている」という疑問を抱いてみるべきなのです。そう指摘すると、「お前のような人間がいるから、挑発されるのだ」と批判の声が上がるでしょう。視野が狭いのです。

政府、政権の対応はどうでしょうか。安倍首相は「北朝鮮の暴挙は断じて容認できない。安保理に緊急会合を要請する。国際社会の団結が求められる」と述べました。毎回、同じ繰り返しで、そのことに異論は全くありません。疑問なのは、日本として北に口先でななく、どのような行動をとるのかの言及がないことです。

なぜロシアを直接、非難しない

北朝鮮の核ミサイル戦略は中露と一体であることがはっきりしてきました。それならプーチン大統領とウラジオストックで首脳会談をしたときに、実現性がまずない北方領土返還交渉を棚上げしてでも、「北朝鮮から手を引くべきだ」と、なぜ論難しなかったのでしょうか。

あるいは、こちらも訓練と称して、迎撃ミサイルを発射するくらいのことをしてみたらどうなのでしょうか。同時に、北のミサイルが通過したのは高度800㌔とされ、「迎撃できる領空に相当しない」、「迎撃ミサイルも届かない」という指摘にどうこたえるのかですね。

結論を申しあげましょう。「日本人向けの北朝鮮批判は十分すぎるほど聞かされている」、「主要メディアの中には、政権批判を自粛する動きがあるようだ」、「北朝鮮批判を最も聞かせるべき相手は北朝鮮国民である」、「政府は結局、米国頼みに終始し、リスクをとってみずから行動を起こさない」、「そうした批判をメディアはなかなか取り上げない」、「準戦時下ほどメディアの独立性が必要な時はない」、「北が暴挙を重ねると、政権支持率が回復するので、さらに強硬な発言をしてみたくなる」、などなどです。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2017年9月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。