駐欧州の北大使国外追放の波紋

長谷川 良

イタリア政府が文正男駐イタリア北朝鮮大使に国外退去を命じるというニュースを聞いて、当方は少し驚いた。欧州ではスペイン外務省が先月18日、北大使の国外退去を命じたばかりだ。イタリアには国連食糧農業機関(FAO)、世界食糧計画(WFP)、国際農業開発基金(IFAD)の本部や事務局がある。食糧問題を抱えている北朝鮮にとって、これらの国際機関との接触は非常に重要だ。だから、イタリア政府は国連機関の窓口でもある文正男大使に国外退去を命じないだろうと考えていたからだ。当方の推測は間違っていた。イタリアの今回の決定は国連安保理決議に反して核・ミサイル開発を継続する北朝鮮への制裁という。

▲国外追放の危険性も出てきた駐オーストリアの金光燮・北朝鮮大使(中央)=2015年12月に開催された国連工業開発機関(UNIDOU)総会で撮影

イタリアは2001年1月、当時の先進7カ国(G7)の中で先駆けて北朝鮮と国交を樹立した。ローマが北と関係樹立した後、英国やカナダが次々と平壌と関係を樹立していった。その意味で、北朝鮮にとって、イタリアは文字通り、先進諸国への戸を開いてくれた大恩人だった(イタリアは北大使を国外退去させるが、北との国交関係は維持する)。

少し、イタリアと北朝鮮両国関係を振り返る。
イタリアと北朝鮮両国の関係は国交樹立後、順調に進展していった。北朝鮮はローマに同国貿易関係企業の事務所を続々とオープンし、イタリア企業との貿易関係を強化していった。例えば、イタリアの自動車メーカー、フィアット社は北朝鮮企業の自動車産業を支援していた、といった具合だ。北朝鮮・イタリア国交樹立10周年の2010年にはイタリアから議員使節団が平壌を訪問し、ローマでは同日、北朝鮮大使館で祝賀会が開催された。

北朝鮮国営の朝鮮中央通信社(KCNA)によると、ローマの北大使館で開催された祝賀会ではイタリア上院外務委員会メンバー、外務省関係者、アジア研究所の学者らが参加した。イタリアのステファ二ア・クラクシ外務政務次官は、「北朝鮮との関係は過去10年間で多方面で発展してきた。将来はそれを更に高い段階へアップされることを期待する」と祝辞を述べている。両国は急速に緊密な関係を築いていったわけだ(「北朝鮮のイタリア人脈」2008年10月7日参考)。

欧米諸国が国連決議に基づき北朝鮮への贅沢品の輸出を禁止したため、金正日労働党総書記(当時)の誕生日プレゼント用の調達が難しくなったが、北側はベンツなど高級車や高速ボートなど贅沢品をローマ経由で調達していたことが判明している。金総書記は当時、自国の優秀な学生たちを多数、ローマに留学させるなど、人的交流も忘れていなかった。

イタリアの首都ローマは昔、世界に通じるといわれたが、北朝鮮にとってローマは文字通り、世界の窓口となっていったわけだ。その在ローマの北朝鮮大使に国外退去命令が出たということは、北が国際社会から追放された象徴的な出来事と言わざるを得ないわけだ。

イタリアから故金正日総書記のため高速ボートを調達しようとした権栄録氏=ウィ―ンの北朝鮮大使館の中庭で撮影

ちなみに、イタリア政府が北朝鮮大使の国外退去を命じたとすれば、在ウィーン24年の金光燮大使(金正恩労働党委員長の叔父)も安心できない。同大使は先月、3カ月間の平壌での夏季休暇を終え、ウィ―ンに帰任したばかりだ。駐チェコの金平一大使(故金日成主席の息子、金正日総書記の異母弟)の動向も気になる。彼らが北に帰国した場合、その処遇に苦しむのは金正恩氏だということは間違いないだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年10月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。