【映画評】スイス・アーミー・マン

海で遭難し無人島に流れ着いた孤独な青年ハンクは、助けが来ない状況に絶望し自ら命を絶とうとする。だがその瞬間に波打ち際に流れ着いた死体を発見。その死体が発するおなら(腐敗ガス)と浮力を利用して、ハンクは死体にまたがり、勢いよく海に出ていった。しかも、ジェットスキーのように進むその死体には、スイス・アーミー・ナイフばりの便利さが備わっていた。メニーという名の死体とハンクは、苦境を共に乗り越えるため奇想天外な旅をすることになる…。

孤独な青年が死体と共にサバイバルを繰り広げる摩訶不思議なドラマ「スイス・アーミー・マン」。タイトルは、様々な機能を持つスイス・アーミー・ナイフ、いわゆる十徳ナイフをもじっている。多機能ナイフのように便利な死体のメニーは、まずは、おならの噴射圧力で水上スキーと化し、口から水を出す、硬直した身体で物を砕く、熊を撃退するなど、八面六臂の大活躍だ。死んだような人生を送ってきたハンクと、記憶がなく生きる喜びを知らない死体のメニーは、奇妙な友情で結ばれていく。これは“生きること”が苦手な二人が力を合わせて苦境を乗り切るサバイバル・ストーリーなのだ。

奇妙な現実にファンタジーをミックスする不思議な作風は、どこかミシェル・ゴンドリーを思わせる。死体とのサバイバルというつかみはなるほど面白いし、おならのガスを利用して勢いよく海を走る図には、思わず吹き出して笑った。だがその後の展開はと言うと、明らかにテンションが下がってしまう。死体がしゃべり出すのはハンクの心の声かと思いきや、そうとも言い切れないし、ハンクとメニーのBL(ボーイズラブ)的描写も腑に落ちない。意外な着地点を用意するこのシュールなストーリーは、結局のところ“世界と関わりながら生きていくことの素晴らしさ”を肯定しているのだろう。死体になりきったハリー・ポッターことダニエル・ラドクリフの怪演、気弱キャラがよく似合う個性派ポール・ダノの妙演、見終わった後にジワジワくるオフビートなストーリー。好き嫌いは別として、一見の価値がある珍作といえようか。
【55点】
(原題「SWISS ARMY MAN」)
(アメリカ/ダニエル・シャイナート、ダニエル・クワン監督/ダニエル・ラドクリフ、ポール・ダノ、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、他)
(シュール度:★★★★★)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年10月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。