恐るべし、地政学国家ロシア

ロシア大統領府サイト(編集部)

昨夜(2017年10月19日)、FTがクルド関連の二つの記事を掲載していた。”Rosneft vows to keeping doing business as usual” と “Kurdish oil dispute leaves smartest traders sweating” というものだ。
この記事の要点を、関連情報を補足しながら分かりやすくまとめると、次のとおりだ。

イラク軍が、長いあいだクルド自治政府(KRG)が実効支配していたキルクーク油田地帯に侵攻し、KRGの抵抗を受けることなく制圧した。その結果、KRGがパイプラインを利用してトルコのジェイハン港から輸出している原油の量が55万BDから25万BDほどに減少した。

KRGは、「イスラム国」との戦闘費用を含め、「国家」予算の大半を原油輸出代金に依拠しており、Glencore、Vitol、Trafiruraなどのオイルトレーダーたちは、KRGが2014年から原油輸出を開始して以来、「前渡し金条件で原油を購入する」という、一種の融資を行ってきた。購入した原油の一部は、海上でタンカーからタンカーに積み替えを行い、イスラエルにも供給されていた。

キルクーク油田の支配権が完全にイラク政府に移ってしまうと、KRG分としての原油が供給されない、すなわち「融資」の返済が遅れる、遅れるがいつまで遅れるのか、あるいは返して貰えなくなるのか、smartest tradersたちも冷や汗を流している。

ロシア最大の国営石油会社ロスネフチも、KRG政府との広範な「協力協定」の一環として、同様の「前渡し金原油購入契約(2017年~2019年)」を締結しており、同じ問題に直面している。現在、開催されているイタリアのVeronaでのコンフェランスに同席しているKRGの石油相と、イゴール・セチンCEOは、TrafiguraのCEOたちと共に会談、対応策を協議する予定。

イラクは内政干渉だ、と非難しているが、セチンは記者団に、あくまでもビジネスとして従来同様、KRGでの事業は推進していく、自分たちは政治家ではない、石油があるところなら何処にでも、法に合致したやり方で、仕事を求めて出かけていく、と語った。

ここまで書いて、長いあいだひっかかっていた「イラク北部『クルディスターン』の独立を左右するロシアの『石油権益』」(池内恵、2017年10月3日、『新潮フォーサイト』)の中の「ロスネフチが狙う『漁夫の利』」の項を読み返してみた。

ひっかかったのは、おそらく池内先生も、石油開発には「探鉱」「開発」「生産」の3段階があるのだが、すべて同じような影響をもたらす、と無意識に感じられているからではないのか、と思い当たった。

「探鉱」段階では、さほどの資金を必要としないが、「開発」段階では巨額の資金が必要となるの。これらを同じと考えると、大きな誤解が生ずるのだ。

たとえば、エクソンモービルがティラーソンCEOの時代にKRGに進出して手がけたのは「探鉱」案件だった。バクダッド政府下のイラク南部で大型開発案件を「請負契約」として操業していたが、「請負契約」では自社保有の「埋蔵量」(SEC基準で財務諸表に記載可能)として認識できないが、KRGは「生産分与契約(PSC)」条件で、もし探鉱が成功して石油・ガスを発見できれば、「保有埋蔵量」として認識できるからだ。だが、2011年に参入したものの、探鉱作業を継続中に油価下落が始まり、魅力が落ち、撤退するか、あるいは休眠状態になっているはずだ。ちなみにイラク南部での「請負契約」は、持分を減少したが継続している。

ちなみにイラク中央政府には「石油法」が存在しておらず、KRGにはある、というのが問題をこじらせている一つの要因だ。

ロスネフチのKRGとの「契約関係」も、同様の視点で見ると、さすがはロシア、地政学的ビヘイビアが身についている、と感心させられるものがある。

まず、ロスネフチは何もしていないが、同じロシアのルクオイルとガスプロムは、イラク南部で大型の開発案件を「請負契約」で操業している。

池内先生が参照している記事も全部読んでみたが、ロスネフチとして「資金」が出ていくコミットをしているのは、「2017~2019前渡し金原油購入契約」だけだ。これは、ロシアが欧米の経済制裁を受けて経済的に困窮したときに、ロスネフチがTrafiguraからの提示を受けて締結した契約(ロスネフチが融資を受ける側。EU禁止条件すれすれの融資期間にしてある)と同様のもので、最初にこのニュースに接した時、筆者は、実際はTrafiguraが行っている取引で、ロスネフチは名前を貸しているだけでは、と思ったくらいだ。

他は、話は大きいが、「資金」が出て行くコミットは一切ない。
たとえばガスパイプラインの話は、ガス田の開発プロジェクトが確定しなければ着手できないもので、「資金」が出て行くのは、あるとしてもだいぶ先の話だ。離陸に失敗してしまったナブッコ・プロジェクトも、供給元である「ガス田」が確定しないために前進できず、EUの反対でつぶれてしまったのだった。

また、既存の石油パイプラインの「近代化」=能力拡大プロジェクトも、送る原油の所有権が誰にあるのかが確定しないと、実行に移ることはないだろう。「資金」は当面出て行かない。
セチンは、あくまでビジネス、と言い張っている。

だが、KRGから見れば、ロシアが自分たちを応援してくれるように感じるだろう。
資金的コミットはせずに、相手に依頼心を持たせることができる!

いや、ロシアは恐ろしいほどに「地政学国家」だな。


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2017年10月20日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。