チェコのトランプが勝利:国民の「反難民」は少し違う

長谷川 良

チェコのトランプの異名をとるバビシュ前財務相(中央、ANO2011公式サイトより:編集部)

中欧のチェコで20、21日の両日、下院選挙(定数200)が実施されたが、その結果を先ず紹介する。メディアから“チェコのトランプ”と呼ばれている資産家、アンドレイ・バビシュ前財務相が率いる新党右派「ANO2011」が得票率約30%、78議席を獲得してトップ。それを追って、第2党には、中道右派の「市民民主党」(ODS)が約11.3%、第3党には「海賊党」、そして第4党に日系人トミオ・オカムラ氏の極右政党「自由と直接民主主義」(SPD)が入った。与党ソボトカ首相の中道左派「社会民主党」(CSSD)は得票率約7.3%で第6党に後退した。投票率は約60%。

チェコ下院選挙の暫定結果

出所・オーストリア通信(APA)作成の表

いずれにしても、「ANO2011」は組閣工作を開始するが、議会で安定政権を発足させるためには難航が予想される、議会に議席を獲得した政党は9政党だが、CSSDと「キリスト教民主党」(KDU-CSL)のソボトカ連立政権の与党2党はANO主導の連立政権に参加する意思のないことを既に表明している。

プラハからの情報では、「ANO2011」の勝因は反難民政策をアピールし、欧州連合(EU)批判を展開して有権者の支持を得たことだ。欧州では、チェコだけではなく、反難民・移民政策を声高く叫んだ政党が有権者の支持を得て、飛躍している。今月15日に実施されたオーストリアの国民議会選でもそうだったし、ドイツの新党「ドイツのための選択肢」(AfD)の連邦議会第3党飛躍の最大原動力もそうだった。2015年、100万人を超える難民・移民がシリア、イラク、アフガニスタンから殺到した出来事は、欧州の国民に一種のトラウマとなっている。

自分たちとは異なる文化圏の人間が家の玄関まで来て、戸を叩き、救いを求めてくる。ジュネーブ難民条約に合致しない経済難民やイスラム過激派が紛れ込んでいても、それを冷静にチェックする時間はなかった。欧州諸国は苦渋した。人道的観点で受け入れるか、それとも国境を閉鎖し、入国拒否するかの判断は、多くの欧州諸国や国民にとって決して容易ではなかったはずだ。これまでの人生観、世界観を変えざるを得ない深刻な決定だからだ。

チェコの場合を考える。チェコには2015年の難民殺到の時、チェコに直接難民申請した者はほぼ皆無だった。殺到した16万人の難民収容のためEUが加盟国に難民受け入れ枠を決めた時、他のヴィシェグラード・グループ(ポーランド、ハンガリー、スロバキア、チェコの4カ国から構成された地域協力機構)と共に、強い拒否反応が起きた。受け入れ数はわずかだったが、チェコ国民は異文化の侵入に激しい抵抗を示した。

チェコでは冷戦後、神を信じない国民が増えた。ワシントンDCのシンクタンク「ビューリサーチ・センター」の宗教の多様性調査によると、チェコではキリスト教23.3%、イスラム教0.1%以下、無宗教76.4%、ヒンズー教0.1%以下、民族宗教0.1%以下、他宗教0.1%以下、ユダヤ教0.1%以下だ。無神論者、不可知論者などを含む無宗教の割合が76.4%となり、キリスト教文化圏の国で考えられないほど高い(「なぜプラハの市民は神を捨てたのか」2014年4月13日参考)。

冷戦時代、アルバニアのホッジャ政権は1967年、世界初の「無神論国家」宣言を表明したが、同国は現在、若者たちを中心に宗教熱が広がっている。「無神論国家」アルバニアで国民は神を見出し、中欧の都チェコで神を失う国民が急増してきたのだ。共産圏に属した両国の冷戦後の宗教への国民の関心は好対照というわけだ。

チェコは昔、カトリック教国だった。それが宗教改革者ヤン・フスの処刑後、同国ではアンチ・カトリック主義が知識人を中心に広がっていった。チェコ国民の無宗教は厳密にいえば、反カトリック主義だ。民主化後、東欧諸国の中でチェコ国民が急速に世俗化の洗礼を受けていったのは決して偶然ではなかった。

冷戦が終焉し、民主化後30年余りを迎えた今日、欧州に北アフリカ・中東からイスラム系難民が殺到してきた。欧州には既に約1400万人のユーロ・イスラム教徒が住んで居る。

チェコの反難民感情は、ポーランド、ハンガリー、スロバキアなど他のヴィシェグラード・グループとは異なっている。イスラム・フォビア、反イスラムといった社会現象ではなく、宗教一般への憎悪がその根底に強いのだ。

スロバキアのフィツォ首相は「わが国はキリスト教徒の難民ならば受け入れる」と発言したことがあるが、チェコではそのような発言は聞かない。チェコではイスラム教だけではなく、キリスト教に対しても強い嫌悪感が潜んでいるのだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年10月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。