(GEPR編集部)日本学術会議臨床医学委員会放射線防護・リスクマネジメント分科会の審議結果を取りまとめ公表された、「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題―現在の科学的知見を福島で生かすために―」の要旨を転載します。
1.作成の背景
東京電力福島第一原子力発電所事故(以下、福島原発事故と言う。)から6年が経った。この間、災害弱者であり、放射線感受性が成人より高いと言われる「子ども」と「放射線 」の問題について数多くの議論がなされ、日本学術会議も多くの提言を発表してきた[1-10]。今後は、放射線リスクに関する科学的知見と防護の考え方をベースに原発事故を含む災害の影響から子どもを守り、国民と双方向性コミュニケーションを行いながら、被災地の復興を推進する必要がある。
そこで本報告では①子どもを対象とした放射線の健康影響や線量評価に関する科学的知見の整理並びに②福島原発事故後の数年の間に明らかになった健康影響に関するデータとその社会の受け止め方(理解の浸透や不安の状況)の分析を行い、保健医療関係者に向けた将来の「提言」の取りまとめに繋げることとする。なお本報告内では、胎児と生後0~18歳を「子ども」と呼ぶこととする。
2.報告の内容
(1)子どもの放射線被ばくによる健康影響に関する科学的根拠
原子放射線の影響に関する国連科学委員会(United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation: 以下、UNSCEAR)は、福島原発事故を受けて、放射線の人体影響の科学的知見や事故後の被ばく 線量の推定値から、「将来のがん統計において事故による放射線被ばくに起因し得る有意な変化がみられるとは予測されない、また先天性異常や遺伝性影響はみられない」と言う見解を発表している。一方、甲状腺がんについては、最も高い被ばくを受けたと推定される子どもの集団については理論上そのリスクが増加する可能性があるが、チェルノブイリ事故後のような放射線誘発甲状腺がん発生の可能性を考慮しなくともよい、と指摘している。
(2)子どもの放射線診断・治療と防護
放射線防護の考え方は、放射線を取扱う職場が増加する中で職業人の被ばく管理を中心に発展してきたため、子どもに特化した防護体系は勧告されていない。現在は、子どもの放射線影響に関する科学的知見が蓄積されつつあるものの、この不確かさを伴ったリスク情報を放射線防護体系にいかに活用していくのかが課題となっている。放射線の医学利用に関しては、放射線診療技術の進歩に伴い、子どもへの放射線診断・治療の適用も広がる傾向にあり、子どもの線量評価のための基盤整備やルールの体系化やリスク評価研究と同時に、リスクコミュニケーションの在り方も進歩しつつある。
(3)福島原発事故による子どもの健康影響に関する社会の認識
福島原発事故による公衆への健康リスクは極めて小さいといった予測結果や、影響が見られなかったことの実証例(胎児や妊娠への影響)について、国や地方自治体、国内外の専門家は積極的に情報発信している。しかし、子どもの健康影響に関する不安は根強い。これは線量推定やリスク予測の不確かさから専門家間の見解に相違があることにも関係している。事故後の数年間で、影響の有無に関する実証データや個人ベースの線量データが蓄積されるとともに、リスクベースの考え方が浸透し、不安解消に向けて進んでいる事例もある。しかし小児甲状腺がんについては、福島県「県民健康調査」の集計結果の解釈の違いとともに、検査の在り方などが問題となっている。
(4)放射線影響をめぐる様々な見解
福島原発事故の甲状腺 がんリスク等の評価に関しては、UNSCEARを始めとする国際機関や県民健康調査検討委員会の見解とは異なる見解も発表されている。特に放射線防護の考え方の基本となるLNTモデル の科学的妥当性の検証は、リスクのトレードオフやベネフィットとのバランスといった社会科学的な判断においても極めて重要な論点となる。
(5)提言に向けた課題の整理
福島原発事故による低線量放射線被ばくを原因とした子どもの健康リスクをより正確に評価するために、子どもに特化した線量評価や影響評価研究の実施、ならびに放射線防護体系の構築や必要とされる人材の育成、国民のヘルスリテラシー向上を推進すべきである。
事故の経験を踏まえ、クライシスコミュニケーションやポストクライシスコミュニケーション(リスクコミュニケーション)に関する知識と技能の向上を目指すべきである。また個人の線量や影響に関する情報を知る・知らされることは、当人や家族の精神的負担に成り得ることを認識し、検査に当たっては現場での丁寧な説明を徹底するとともに、「過剰診断」や「知らない権利への配慮」に関して医療倫理面からの議論を深めるべきである。健康影響調査結果の説明に際して、患者や家族の心にケアをすべきである。
甲状腺超音波検査の早期診断の妥当性、さらに「悪性ないし悪性疑い」と判定された患者や家族の気持ちに寄り添うスキルについては、小児がんの診断と治療に関わる医療関係者から学ぶ必要がある。
今後の甲状腺超音波検査の在り方の検討には、検査の妥当性、丁寧な現場説明の必要性、「放射線影響の本態と甲状腺がんの自然史」「発見された甲状腺がんの治療の在り方」「繰返される長期間にわたる検査の在り方」について広く専門家による国際的なコンセンサスやガイドラインの策定、そして関係者を入れた共通認識と協議の場が必要である。
「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題―現在の科学的知見を福島で生かすために―」(PDFファイル:約800KB)