実在した「かまってちゃんブラック社員」の話

源田 裕久

前回の投稿「ブラック企業と同じくらい深刻な“ブラック社員”とは?」は、賛否両論含め、かなりの反響があり驚きました。ご批判もおありと思いますが、権利をふりかざす割に、そもそもの肝心の勤務態度に問題がある社員も少なくなくないというところを私としてはお伝えしたかったのです。

では、実際に「ブラック社員」は職場でどんな態度をみせているのか。今回は具体的にみていきたいと思います。なお、関係者の方のプライバシーに配慮した上で、典型的な事例をご紹介します。

誰も目撃してないのに作業中に骨折?

自動車部品製造業の会社に今月入社したパート社員。シングルマザーで30代のS子は、週3日間、1日5時間の契約で働くこととなった。面接時、爽やかな笑顔でチャーミングにハキハキと受け応えをする彼女をすっかり気に入った社長は、その日のうちに採用を決定。「良い人が来てくれた」と喜んだ。

創業して約1年。S子と同じようなパート社員を10名以上雇用するようになり、これまで仕事上のトラブルも特段なく、順調に業績を伸ばしてきたが、この半年後、社長は思いもよらない人物からの封筒を受け取ることとなった。

S子の担当は、電気ドライバーを使って金属部品を取り付けるだけの簡単な作業だったが、とにかく「社長、ドライバーの使い方がわかりません」「どこに部品を取り付けるのですか?」「これは何に必要なのですか?」・・・と、初日から熱心に仕事内容を聞いてきた。率直に言って、その作業ぶりはあまり器用そうに見えなかったが、丁寧な作業をしていた様子だったために、その仕事を任せていた。

その後、仕事に慣れたようで、S子はほとんど社長のもとを訪ねることは無くなった。しかし、その代わり・・・か、2ヶ月も経つとしばしば無断で欠勤するようになった。とうとう1週間、まったく出社しなかった翌週、出勤してきたS子を呼んだ社長がその訳を聞くと、「社長が丁寧に教えてくれないのがいけないんです」「作業を教えてくれないのって、パワハラなんですよ」「監督署に聞いてみましょうか?」という驚きの答えが返ってきた。

意味が分からず、再度、作業手順を指導して、S子を納得させた社長だったが、その2週間後、三角巾で右腕をつった彼女が労災申請をしたいと事務所の社長のもとにやってきた。何でも「作業中に右手を骨折した」ということだったが、その瞬間を見ていた者は誰もおらず、そもそも彼女と同じ作業において、ほとんどフルタイムで働くパート社員もいるが、単純に“手が痛くなった”という者すら、過去には出ていなかった。

自宅で療養中のはずが“元気”に出勤

鬼気迫る表情で1時間を超えても強弁に労災申請を主張してくるS子について、ある種の恐怖感を抱いた社長だったが、最後まで申請書類に会社の証明印を押すことはなかった(実務上、事業主の証明印が無くても申請は可能)。それでも結局、S子は地元の労働基準監督署に労災を申請した。この騒動時に会社に提示された医師の診断書は、「疲労骨折につき全治1ヶ月の加療を要す」というものであった。

この後の本人の気持ちはわからないので想像でしかないが、どうやら労基署での提出時、担当官から「労災認定は難しい」という旨の感触を得たS子は、2週間後に再び社長の前に姿を現した。「骨折は治ったので、また働かせて下さい」

自宅で療養中のはずだと思っていた社長は、思わずイスから転げそうになった。勿論、その右腕には三角巾は無かった。 「あれ、まだ診断書にあった必要な治療期間1ヶ月の半分しか経ってないよね?もう、治ったの?」と問う社長に対して、おもむろにS子は「はい」と元気に一言。

しかし、本人が治ったというだけでは、そうそう簡単に仕事に戻すことは出来ない。医師の診断書で必要とされた療養期間の半分を経過しただけであるし、会社には労働者がその生命や身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をせよという「安全配慮義務」の要請が、労働契約法上から課されている。安易な復職はこれに抵触するおそれがあるし、また再発(本当ならば・・・だが)させたら、もっと大変な事態になる。

このことを丁寧に説明して、即時の復職を断った社長。あわせて、もし復職したいなら、骨折が治ったことを証明する医師の診断書を提出して欲しいと要請した。

S子と社長の攻防に弁護士の影が…

ここから先はもう想像できるかも知れないが、執拗に骨折が完治したことを叫ぶ(こういう表現が適切だった)S子となだめる社長の攻防が始まり、翌日、社長からのSOSを聞いて駆け付けた特定社会保険労務士(弊社の代表社員)が立ち会うなかでも、更に2時間以上も続いた。

とうとう最後まで医師からの証明書を提出しないS子と会社側の対話は平行線のままで、折り合える一致点が見いだせずに、そのまま雇用契約期間の満了を迎えることとなったが、社内の同僚に対しても何かと流言を放っていたようだ。

それから暫くして、社長のもとに弁護士からの一通の受任通知書が届いた。会社が勝手に休業させたと主張し、その損害賠償を求める予定だとのことで、今後一切、S子と連絡を取るなという文意だった。

ドライな労使関係を築く社長もあるが、こちらの社長さんはどちらかと言えばウェットな感じである。以前の勤務先において、社内の人間関係で悩んだ経験をお持ちのようであり、出来る範囲で社員とはコミュニケーションを取り、社内の風通しを良くしたいとおっしゃられていた。

勿論、我々にはそう言いつつも、内弁慶な方もおられるので、実際には社員でないとわからないが、それでもそういう考え方を外に発信される面を見ても、私の過去の経験則から、社員からの好感度はそれなりに高いと推測される。

社長にとり「不幸中の幸い」だった対策とは?

社長を含め、我々も専門家として説明は尽くしたとは考えているが、それでも論理的な行動で反応してくれる社員ばかりではない。結果論になるが、社長がS子を採用した際、「製造業の経験が無いなら、とにかく最初は有期雇用で様子を見られたら如何ですか?」というアドバイスを受け入れ、半年間の有期契約としていたことで、無益な時間の浪費が止められたのは、不幸中の幸いだったと自負している。

「何を言っているのかわからない」「もう、裁判でも何でも受けて立つ」と憔悴と憤怒の表情を繰り返していた社長も、ひとまずは契約期間満了とともに落着きを取り戻した。全てを独力のみで事業を遂行される方以外、労働時間の長短は別として、誰かしら他者の労働力を上手に活用し、それを利益に変えているのが会社である。無論、労働者には契約した分の労働力を提供する義務が発生する。そこには常に労務問題がつきまとう。

「入社したての頃、もっと仕事の面でかまってあげれば良かったのかなぁ」と呟く社長のもとには、あれから更に半年が過ぎたが、いまだに弁護士からの請求書は届かない。

源田 裕久(げんだ ひろひさ)
社会保険労務士/産業心理カウンセラー アゴラ出版道場3期生

足利商工会議所にて労働保険事務組合の担当者として労務関連業務全般に従事。延べ500社以上の中小企業の経営相談に対応してきた。2012年に社会保険労務士試験に合格・開業。2016年に法人化して、これまで地域内外の中小企業約60社に対し、働きやすい職場環境づくりや労務対策、賢く利用すべき助成金活用のアドバイスなどを行っている。公式サイト「社会保険労務士法人パートナーズメニュー」