アムスです。
アム(川)、ステル(港)、ダム(堤防)でアムステルダム。
だからアムスと呼ぶのは、イブサンローランをイブサンと呼ぶ関西のおばはんのようなものです。
巨人の星、「思い込んだら」を「重いコンダラ」と思い込んでるようなものです。
オランダ人はケチ、が定評です。
Go Dutchは 割り勘の意味で使われます。
でもホントは、自分の食べた分をキッチリ計算してそれだけ払うらしいです。
まじめなんです。
そうかといってオランダのことをキライという人は少ないですよね。
無骨で、気取ってないからかな、みんなが乗ってるチャリのように。
いいポジション取ってます。この国。
国のポジション取りの参考になります。
そのハンズフリー・デバイスはご自身で考案されたのですか?
「はい。」
イノベーティブですね。
オランダ開放記念式典。
みんなデカくて見えんわ。
オランダ男子の平均身長は184cm、世界一だといいます。
東京五輪ヘーシンクも、ミュンヘンで重量級・無差別級2階級制覇のルスカも、デカかったもんなぁ。
食い物のせい、かなぁ。
にしんサンドがこれほどウマいとは知らなんだなぁ。
聞けば、ダッチコーヒーも、ダッチワイフも、オランダには、ないって。
前者は、元統治下のインドネシア生まれで、後者は、知らないって。
(ちなみにオランダでコーヒーショップとは大麻を売ってる店のことです)
1928年、ここで、織田幹雄さんが三段跳びで日本人初の金、人見絹枝さんが800mで銀。
先日訪れた出島の模型がオランダ国立美術館にありました。
昔は日蘭は仲が良かった。
と言いますか、これはオランダの海外進出コーナーにあるわけで、17世紀の黄金時代を誇示しているのです。
黄金時代の後、イギリス、フランス、ドイツの台頭、それらとの敗戦、そしてアメリカの時代を迎え、国際的地位が下がる一方、オランダはいまなお輝きを保っています。
だんだん小国になっていく過程で、苦しみながら得たのはどんな心の持ちようだったのでしょう。
それはこれからの日本にとって参考になると思うのです。
オランダのGDPは世界17位。
紺野登さん著「幸せな小国オランダの智慧」によれば、農産物の輸出676億ドル、輸入397億ドル。
純輸出279億ドルは世界最大。
九州ほどの面積で世界最大の農業ビジネス国。光ってます。
その戦略も、日本の参考になると思うのです。
オランダを代表する企業。
ユニリーバ、KLMオランダ航空、ING、ロイヤル・ダッチ・シェル、フィリップス、ハイネケン・・。
ありますねぇ、広範囲にわたって。
(レンブラント像の後ろ、Booking.com。アムステルダムが本拠地なのです。)
1953年の洪水後に計画されたダム事業は「1万年に1度」の洪水を想定して設計されたそうです。
日本の建築基準法が想定する暴風基準は500年に1度だそうで。
オランダは自然と共存することを覚悟しているが、日本は覚悟をしていないということですね。
さて今回のオランダは、デルフト工科大学のかたと超人スポーツの連携について相談するというおしごと。
超スポ日蘭同盟を結びましょう。
フェルメールが「デルフトの眺望」を描いたのはこの場所です。
ゴッホ、モンドリアン、ブルーナ・・・。
オランダ人画家って、スタイルが多彩すぎますね。
レンブラントさま相手にもみんなカッシャカッシャ撮りまくってます。
ヨーロッパは撮影OKがデフォ。
なぜ日本は軒並みダメなんですかね。
美術館・博物館はじめ公共施設の充実にはうなります。
これは図書館。
最上階にアムスの新建築空間を一望する実に魅力的なレストランがあり、1Fは子ども空間。
入り浸っていたいデザインです。
いいねぇ、君たち。
17世紀の欧州の書物の過半数は、オランダで印刷・出版されたそうです。
オランダ系ユダヤ人のピーター・ドラッカーのドラッカーはオランダ語で印刷人/プリンターを意味するとか。
アナログのメディアを支えていたんですね・・。
あ~らよっ
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2017年11月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。