誰も知らない東京スカイツリー

根岸豊明さん著「誰も知らない東京スカイツリー」。
日本テレビ取締役(当時)、現札幌テレビ放送社長がインフラを企画、建設、運営する苦闘を描くドキュメンタリー。これぞポリシープロジェクト。感激しました。放送人はもちろん、公益に関わりたい学生全員に読んでほしい。

スカイツリーの候補地選定、事業主:東武電鉄との交渉、建設、受信対策、政官折衝・・10年前「タワーなんて要るの?」という空気のもとで、NHK民放6社が連携しておおごとをなした、その詳細な、そして貴重な記録です。さすが元記者、よくぞ書き残してくださいました。

当時は通信・放送融合、ハードソフト分離が議論される中、地デジやそのためのタワーがどういう役割なのか、放送側が問われる場面でもありました。地デジへの移行が失敗すれば、ケーブルや通信への移行に傾くという危機感を関係者はお持ちでした。

ぼくは融合政策に関わりながら、地デジ政策には(ダビング10の調整を除き)関わらなかったので、そのインフラを巡る激闘は本書で初めて知りました。ただ本書は、政策的観点よりも、ライバル社が組んでプロジェクトを断行したマネジメント書としての値打ちがあります。

15の候補地から1つを選び14地域を落とす。その検討、分析、調整、説得。それを思うだけで吐きそう。プロジェクトは、その遂行が要諦です。ぼくがポリシー授業で伝えたいのもそのリアリティです。だけど大学教授にそんなリアリティはありません。根岸さんに授業やってもらうのがいいな。

NHKと民放の6社が連携・団結してコトに当たったように描いていますが、そこには各社の思惑、巨額なコストに対する反発、組織内のバトルなど、めちゃ厄介な面倒があったはず。それを全部たばねて、東武との協議や総務省との折衝に当たったみなさんは、お痩せになったことでしょう。

根岸さんは、ぼくが所長を務める「融合研究所」に最初から日テレを代表して参加してくださった、当時の放送業界からみればヤバい相手に乗ってくれた恩人です。その方がスカイツリー建設のキーマンとしてこれほどの苦労をしておられたとは。

本書に登場する根岸さん以外のキーパーソンは、いわばみなぼくの恩人です。プロジェクトリーダーのフジテレビ飯島さん、テレ朝の和知さん、TBSの木村さん。民放の雄として登場するかたがたは、付き合いは長いものの、本件の苦闘についてぼくは聞いたことがなく、改めて漢を感じました。

フジテレビ飯島さん、現クールジャパン機構会長、10年前ぼくが通信・放送融合の旗を降っていたころ飲みに連れだされ、「お前はまだ官僚臭く頭デッカチでいかん。ビジネスに関わってヒリヒリする数字を見て発言せい」とゴリゴリ叱られました。いやあ叱られた叱られた。

それからぼくは社外取締役やら何やら民間ビジネスに直接関わるようになり、GDPや輸出入統計という役人ぽい数字ではなく、BSやらPLやら株価やらを踏まえてモノを考えるようになりました。10年勉強しました。それを促したのが飯島さんです。

テレ朝の和知さんは、郵政省放送行政の柱として活躍しておられたが、その力量を活かして民間に転出、テレ朝代表としてスカイツリー構想を推進する姿が本書に描かれます。ぼくが官僚時代、放送のことは和知さんに聞けばいいと頼っていた先輩です。

官僚を辞めて民間に転出するのを「天下り」などと叩くムキもありますが、それはぼくも十字架を背負っていまして、だけどアブラ乗ってる時期に「天上がる」コースもアリだと思うんですよね、それを実践し、関係者に評価されている和知さんの勇姿はうれしい。

TBS木村さんは現・民放連専務理事。木村さんの指示のもとぼくは民放ネット・デジタル研究会の座長を務めています。今お世話になっている次第です。

ほかにもキーマンとして登場するのはTBS城所さん、井川さん、フジテレビ長井さん、上瀬さん。城所さんにも昔、お前のは危険思想だと万座の席でガッツリ叱られたあとこっそりメシ連れてってもらいました。長井さんは今クールジャパン機構でお世話になってます。

ツリー完成後に無線局を移転するために、総務省、官邸、政治問題へと発展していく。技術と運営だけでも手に余るのに、政治調整も。これは大変でしたね。これほど気を使って放送インフラを整備する国ってないでしょう。

そこに登場する総務省はまるで悪者。スカイツリーへの移転は国策でなく民間事業だからちゃんとやれ。って、やな役所だね!でも、だからこそこのプロジェクトの手柄を国に取られずに済んだのかもね!

むすびで根岸さんは、10年前の融合論は乱暴だったが、昨今は放送局自身が研究しているとします。そのとおりです。民放連で5年間 議論を続けて思うに、ここ1-2年は各社が横並びでない戦略に動いています。ツリー建設で見せた団結が信じられないくらいに。

しかし。20数年をかけた難仕事、地デジがツリーで完成した。のではありません。デジタル放送のメリットは国民はまだ感じていません。HDでキレイになるだけじゃなく、デジタルでもっと便利で面白くなるはず。地デジで空いた電波を使ってスマホがもっと便利で安くなる、んじゃない成果を求めましょう。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2017年12月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。