三橋貴明が傷害の容疑で逮捕された事件が話題になっているが、事件そのものは大した話ではない。私が驚いたのは、12月12日に彼が(藤井聡などと一緒に)安倍首相と会食したことだ。
その席で三橋は「プライマリーバランス(PB)黒字化目標が諸悪の根源だ」と主張し、首相は「何をやるにしても、全てPB黒字化目標が壁となり、何もできないという現実を認識している」と書いている。この話は根本的に誤っている。首相はもともとPB黒字化を目標とはしていないからだ。
政府の中期財政見通しでも、図のように「ベースラインケース」(名目成長率1%台前半)では、PBの赤字は発散する。首相も2020年度の黒字化は困難だと認め、それを容認する考えを示した。予算編成の大詰めの時期に首相が(予定をオープンにして)三橋と会食したのは「予算編成でPB黒字化目標は認めない」という意思表示だろう。
PB黒字化なんて大した問題ではない。それは財政赤字の一つの目安に過ぎず、それを黒字化したところで、日本の財政が危険な状況にある現実は変わらない。たとえば長期金利が2%上がると、GDPの1割が吹っ飛ぶ。このように財政が金融市場に対して脆弱な状態を財政危機と呼ぶのだ。
三橋はPBの代わりに「政府債務の対GDP比」を目標にしろというが、これも目安に過ぎない。PBがだめでGDP比が正しいという理論的な根拠はどこにもない。たぶん彼がいいたいのは「PB黒字化は無理だが政府債務のGDP比は減っている」ということだろう。
それは足元では正しいが、次の図のようにベースラインケースでは2020年度以降は増える。「経済再生ケース」では大きく減ることになっているが、その条件は2020年代初頭に生産性上昇率が2.2%、インフレ率が2%になって名目成長率が3%になることだ。
高齢化して労働人口の減る日本で、そんなバラ色の未来を前提に財政の見通しを立てるのは無責任だが、安倍首相は三橋のような楽観論を好む。三橋は「日銀が国債を引き受けてお札を印刷すればインフレが起こって名目成長率が上がる」というが、それを日銀がコントロールできるとは限らない。5年たっても2%のインフレ目標さえ達成できない日銀が、財政インフレをコントロールできるとは考えられない。
要するに三橋の話は、政府が経済を統制しろ(そして統制できる)という国家社会主義である。それは安倍首相が岸信介から受け継いだ思想でもあるが、それが日本の生産性が上がらない最大の原因だということに彼は気づいていない。