金正恩氏と文大統領の「平昌五輪」

南北高官級会議が今月9日、約2年1か月振りに南北軍事境界線がある板門店の韓国側施設「平和の家」で開催され、北がその場で平昌冬季オリンピック大会(2月9日から25日)の参加を発表した時、最も喜んだのは韓国の文在寅大統領であり、最も大笑いしたのは北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長だっただろう(大喜びと大笑いの違いは後で説明する)。「大喜び」の文大統領と「大笑い」の金委員長の南北首脳会談の開催は織り込む済みかもしれない。

分断国家の南北間の対話を正面から批判する声はあまり聞かない。ただし、北の冬季五輪参加表明は、核実験や弾道ミサイル発射で世界から糾弾され、孤立した北側が対話の意思を世界にアピールする一方、韓国との対話を重ねることで経済支援を得る一石二鳥の外交に過ぎないだろう。北が南北間の統一を真剣に考えたうえでの対応でないことは明らかだ。ましてや、朝鮮半島の緊張緩和、非核化などのテーマは金正恩氏の眼中にないはずだ。

北側は選手団、応援団だけではなく、芸術団からテコンドー演武団まで総数400人を超える大代表団を派遣するという。それを聞いた時、「なぜ北はそんな大規模な代表団を派遣するのか」といった素朴な疑問が沸いた。当方が住むオーストリアはウィンタースポーツのメッカだ。アルペンスキーのマルセル・ヒルシャー選手など金メダルを狙える有力選手が多数いるが、そんな大規模な代表団を送らない。一方、北は、冬季五輪大会でメダルを狙える国際級選手はほぼ皆無なのに、オーストリアを凌ぐ大代表団を送るというのだ。少々不自然だ。

北はフィギュアスケートのペアが五輪参加基準をクリアしているが、メダルを狙えるレベルではない。アルペンスキー競技ではメダルどころではない。選手を支援するために大規模な応援団は本来不必要だ。北は2005年9月の仁川アジア陸上大会の時、女子高生・女子大生約100人から成る応援団(通称・美女軍団)を派遣したが、喜んだのはメディア関係者だけだ。

芸術団やテコンドー演武団の派遣は冬季五輪とは無縁だ。南北間の対話ムードを高める狙いからだろうが、冬季五輪大会は4年に1度開催される純粋なスポーツの祭典だ。北側は冬季五輪開催に乗じ、対韓世論操作を展開させようとしているわけだ。

それだけではない。大規模な北代表団が宿泊するホテルや移動手段、滞在費はばかにならない。制裁下にある北側の代表団に帰国の際、韓国製商品を贈呈するといった案も聞くが、韓国が滞在費用を負担するのは止むを得ないとして、それ以外のプレゼント贈呈などは対北制裁に引っかかる恐れがある。

実際、韓国外交部報道官は11日、「北の平昌冬季五輪参加と関連し、国際社会で対北制裁違反などの論議が発生しないようにすることがわが政府の基本立場だ」(聯合ニュース)と述べ、国際社会からの批判に神経質になっている。

五輪史上、初めてアイスホッケー女子の南北合同チームが結成されるという話が報じられている。それに対し、韓国の選手から「カナダ出身の監督の指導の下で選手たちが数年間にわたりチームワークを高めてきた状態で、突然北の選手たちと合同チームを組めと言うのは、チームワークが重要なアイスホッケーという競技の特性を無視したものだ」(聯合ニュース)という批判の声が出ているという。当然だ。南北合同チーム結成案は、南北間の和解を演出する政治的効果を優先し、スポーツ選手の意向をまったく無視した実例だ。

韓国メディアによると、北代表団の規模は後日、国際オリンピック委員会(IOC)と南北の協議で最終的に決められるという。それに先立ち、平昌五輪に関する南北実務会談が17日に開催される。

最後に、「大喜び」と「大笑い」の違いを少し説明する。先ず、前者だ。政治の師匠、故盧武鉉大統領(任期2003~2008年)のように、南北首脳会談実現を祈願する文大統領は、自国開催の冬季五輪に北側チームが参加を決めただけで大万歳だ。北側が何を考えているか、といったことを慎重に分析する必要性を感じていないから、大喜びできる。一方、後者の金正恩氏は、自分との会談を願う初老を迎えた韓国大統領(64)の姿をみて、笑いを禁じ得ないのだ。書斎の机上の核ボタンを弄びながら、大笑いしてしまうわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。