味覚音痴なメガ銀行

リスクアペタイトフレームワークは、煎じ詰めれば、金融庁が説明しているように、「自社のビジネスモデルの個別性を踏まえたうえで、事業計画達成のために進んで受け入れるべきリスク」の定義に帰着する。「進んで受け入れるべきリスク」だからこそ、リスクに対する能動的なアペタイト、即ち食欲が問題になるのである。

ところが、メガ銀行のリスクアペタイトフレームワークの公表されている記述には、能動的に「進んで受け入れるべきリスク」の具体的記述はなく、現に受動的に受け入れているリスクの管理態勢の説明しかない。なぜか。

巨大な金融グループとして、銀行業以外に、投資運用業、証券業、リース、信託など、多様な金融業を展開し、日本のみならず、日本の外でも、大きな事業展開をしている以上、戦略的に重点分野とする領域において、各社の差別性がなければならないし、また、それぞれの特定の分野、例えば、国内の銀行業においても、対象顧客の絞り込み等、戦略の差があるべきである。そもそも、金融庁が「自社のビジネスモデルの個別性を踏まえたうえで」としている理由も、メガ銀行に対して、「自社のビジネスモデルの個別性」を意識した経営戦略の差別化を求めたからである。

リスクアペタイトフレームワーク導入のきっかけを作ったのは、2008年の世界的な金融危機に対する反省だが、規制当局によって危機の原因の一つとして認識されていることは、大手金融グループの経営行動において、戦略なき利益追求に奔走するあまり、金融の本来の社会的機能を見失い、顧客に対する責任を果たし得なかったこと、つまり、収益至上主義の視点から、「進んで受け入れるべきリスク」が規定されていたことだと思われる。

故に、金融機関経営においては、短期的な収益追求以前に、中長期的な企業価値の向上へ向けた取り組みとして、改めて、「自社のビジネスモデルの個別性」を確立し、その視点において、「進んで受け入れるべきリスク」の再定義を行わねばならないのである。

「自社のビジネスモデルの個別性」に応じて、メガ銀それぞれが「進んで受け入れるべきリスク」を選択する以上、そこで問われるのはリスクに対する健全なる感性である。その感性を味覚に譬えるとき、味覚なき利益の追求、空腹を満たすだけの旺盛な食欲が金融危機の原因なら、リスクアペタイトフレームワークにおいては、各自の文化的に洗練された味覚に応じた節度あるリスクテイクのあり方が求められるということなのである。

要は、味覚なき利益の追求から、味覚ある価値の創造へ、ということなのだが、さてさて、メガ銀行は味覚音痴なのだろうか。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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