“ロブスター”だって痛いさ!

長谷川 良

「アメリカン・ロブスター」(ウィキぺディアから)

今週最も心を惹かれた外電はロブスターの料理に関連するニュースだ。それによると、ロブスターを生きたまま熱湯で入れて料理してはならないという。なぜならば、ロブスターは複雑な神経系をもち、その痛みは想像を超えたものだからだ。そこで、ロブスターを生きたまま熱湯に入れないで、料理前に電気ショックで神経をマヒさせるか、包丁で命を絶たなければならない。スイス政府はこのような動物保護法改正を3月1日から施行するという。

ジュネーブ発の上記のニュースを読んだ時、ボストンで初めて食べたロブスターを思い出した、レストランでロブスター半分を注文、20ドルを払ったことを記憶している。お皿に運ばれたロブスターを大きなスプーンでお腹をほじくりながら食べた。とにかく、美味しかった。

ただし、これは40年前の話だ、スイスの動物保護改正法など考えられなかった時代だから、ロブスターはきっと熱湯に生きたまま放り込まれ、真っ二つに裂かれてからテーブルに運ばれたのだろう。

ボストンで初めてロブスターを食べて以来、「これまで最も美味しい食べ物は何?」と聞かれれば、「ボストンのロブスター」抜きでは考えられなくなった。欧州に住んでからは「ボストンのロブスター」のような新鮮なものを口にすることはなくなった。

昔は「魚の楽しみ」という話があった。誰も魚が楽しいのか、そうではないのか分からないという意味だ。ロブスターのニュースは、現代人が「ロブスターの苦痛」を感じだしたということを意味する。40年前のボストンの米国人が冷血で食欲だけ旺盛だった人たちではない。美味しいものを食べたいと願っていただけだろう。そんな時代だった。

そして時間の経過とともに、人々は健康にいい食材を求め、栄養豊富なもの食べるようになった。そして今日、食べられる動物への愛が叫び出され、人間の友でもある動物を食べない、といった菜食主義者が増えてきた。その究極は、今回のロブスターの話だ。人間は動物の肉や食材へ感情を移入し、その扱いを考え直してきたわけだ。動物や植物にとって希望の到来だ。

独週刊誌には毎週、ベストセラー・リストが掲載されているが、専門書部門で「樹木の秘密の世界」や「 動物たちの精神生活」というタイトルの著書が長期間、トップを占めていたことがあった。学者は単に動物だけではなく、樹木とも対話し、その樹木が何を考え、何を願っているかを研究しているわけだ。その研究書がベストセラーとなる時代に入ったのだ。人は単に同胞の人間に対してだけではなく、自身を取り巻く森羅万象に愛を感じ、エンパシーを感じ出したのだ。ストレス社会に生きる愛犬への精神ケアから、歴史を目撃してきた樹木の声までさまざまな分野が今、極光を浴びてきている。

多くの科学者は、「世界が偶然に作られたとは到底考えられない。それを構想し、創造したより高い存在を感じざるを得ない」という。“サムシング・グレート”だ。宇宙物理学者は、「人間は宇宙の秘密のほんのわずかしか解明していない。すなわち、ほとんどまだ分からない」と告白する。

興味深い点は、科学には客観的、論理的な知識を土台としたデイ・サイエンス(昼の科学)と、主観的で感性の世界を追及するナイト・サイエンス(夜の科学)があることだ。そして今後、後者の「夜の科学」の発展が予想されるのだ。換言すれば、夜のサイエンスを主導している「夜の神」の時代に入るというわけだ。「夜の神」の世界が明らかになれば、これまで不明だった宇宙の秘密が一層解明されていくだろう。

最後に、ロブスターの話に戻る。科学者の中には「ロブスターが苦痛を感じていると証明できない」という理由から、ロブスターへのエンパシーに批判的な声が聞かれる。「夜の科学」(「夜の神」)はロブスターの苦痛を早急に証明しならなければならない。ロブスターだって痛いのだ!


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。