スイスで「受信料」廃止問う国民投票

長谷川 良

スイスはオーストリアと同様、アルプスの小国だが、直接民主制のお国柄、その政治テーマも時代を先行しているケースが少なくない。オーストリアで「国民に直接その是非を問えばいいのだが……」と考えていたテーマを隣国スイスでは素早く国民投票で是非を決着させてしまうことが多い。公共放送の受信料廃止を問う国民投票の実施もその実例だ。

▲オーストリア国営放送からの受信料請求書の例(2018年1月28日、撮影)

▲オーストリア国営放送からの受信料請求書の例(2018年1月28日、撮影)

2カ月に1度届く受信料の請求書(テレビとラジオを含む)は年々高くなった。その請求書を見るたびに、「なぜオーストリア国営放送(ORF)に対してだけ受信料を支払わなければならないのか」という思いが常に出てくる。民間放送のチャンネルも増加し、視聴者の選択の幅は急速に拡大してきた。
オーストリアでは昨年10月、国民議会選挙が実施されたが、正直言って、民間放送の選挙報道の方が分かりやすく、正確だった。ORFは与党社会民主党系幹部が情報政策を牛耳っていることもあって、どうしても社民党候補者寄りの報道に傾いてしまう。その点、民間放送は選挙報道もエンターテーメントといった面もあるが、党派に余り拘らない(「国営放送が大統領選で情報操作」2016年5月21日参考)。

スイスの公共放送受信料の廃止を問う国民投票に戻る。以下は、スイスインフォ(swissinfo)に基づく。
スイス公共放送協会(SRG)は4カ国語の公用語でテレビ・ラジオの放送を行っている。同国では国民は一世帯につきビラグ(Billag)と呼ばれる受信料年間452フランの支払いを義務づけられている。そのビラグの廃止(ノー・ビラグ)を求めるイニシアチブの是非を問う国民投票が3月4日に実施される。もちろん、連邦政府はノービラグには強く反対している。

受信料廃止を要求する国民は「公共放送は独占的であり、民間放送の発展を妨害している」と理由を説明している。ビラグが廃止されれば、SRGの経営が苦しくなるのは目に見えている。受信料収入は全体の約75%を占め、広告収入は25%に過ぎない。スタッフ総数は6000人を超える。連邦政府は「2019年初めには受信料を365フランに減額する」と主張し、国民に理解を求めている、といった具合だ。

スイスでは数年前までオーストリアと同様、テレビやラジオを所有している国民を対象に受信料を請求するシステムだったが、連邦議会が2014年、受信料制度改正案を採択し、全ての世帯から一律受信料を徴収する制度に改正した。そして15年、同改正案の是非を問う国民投票が実施され、僅差ながら可決された経緯がある。

テレビやラジオを所有していなくても、パソコンやスマートフォンの通信端末から番組を受信できる時代だ。どの世帯でも複数の通信端末機器を所有している。これまでは「自宅にはテレビもラジオもない」といえば、受信料を支払わなくても良かったが、受信料制度の改正で全ての国民が受信料を支払う義務があるということになったわけだ。ところで、受信料は「税金」か、それとも「手数料」かで国民の間で受け取り方は異なっている。

オーストリア代表紙プレッセ(1月26日付)でコラムニスト、クリスチャン・オルトナー記者は隣国スイスの受信料廃止を問う国民投票に対し、「グット・アイデアだ。それにしてもどうしてわが国では同じ国民投票が出来ないのか」と嘆いている。

なお、日本で昨年12月6日、最高裁が受信契約を定めたNHKの放送法を「合憲」と初の判断を下したばかりだ。直接民主制のスイスで3月、国民は如何なる判決を下すか注視されるところだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。