2000年以降、多くの会社で成果主義人事制度が導入された。成果主義による組織活性化が期待されたが、むしろ制度上の矛盾を露呈する結果になった。社員のマインドは疲弊し将来のパスが見えにくく漠然とした不安が蔓延する。当初、コンサルティング会社は、人事制度を刷新することで、社員が生き生きとなり企業が変革することを強調していた。
しかし、コンピテンシーやポイントファクターは日本には馴染まなかった。未だに多くの企業において、導入の混乱や迷走が生じている。残念ながら成果主義人事制度による企業変革などは起きなかった。当時、私は人事コンサルタントとして活動をしていたが、成果主義バブルを実感しながらも大きな疑問を感じていた。
今回は『社員が成長するシンプルな給与制度のつくり方』(あさ出版)を紹介したい。著者は、賃金人事コンサルタントの大槻(おおつき)幸雄さん。制度の理論から構築、運用までを、コンパクトにわかりやすくまとめた一冊になる。
合理的な給与制度の確立
大槻さんによれば、お客様やセミナーに参加者からよく耳にすることが2つあるそうだ。ひとつは「思っていたような社員が採れない。応募がない」というもの。もうひとつは、「せっかく採用できたものの定着しない」というものである。
「現在の労働市場は売り手市場。これからも続くことは人口構成からも容易に予測されます。『この会社は自分とは合わない』『ここではやりたいことができない』など退職理由が社員側にある場合ならいざ知らず、『昇給や昇格の基準が分からない』『自分自身の将来設計が描けない』など退職理由が会社側にある場合、大きな損失です。」(大槻さん)
「社員の賃金処遇を決める合理的なルールを確立することは、全ての経営者にとって重要な課題です。シンプルで合理的な給与制度は、社長を社員の賃金決定の苦悩を解放するだけでなく、社員一人ひとりのやる気を高める働きをするでしょう。しかし、人事制度や賃金制度は複雑で難しいものだと感じている社長が多いことも事実です。」(同)
大槻さんは、難しいと感じてしまうと、社員の処遇決定ルールの見直しになかなか踏み出せなくなると解説する。人手不足の問題がますます深刻になる雇用環境のなかだからこそ、人材の採用・定着を着実に行い、仕事に集中きる環境づくりを急ぐ必要がある。その中核に位置付けられるのが合理的な給与制度の確立になる。
賃金決定の合理性とはなにか
賃金制度への改訂について、社員はどのように感じるだろうか。成果主義の際にも、「頑張った人はより高い処遇をする」という建前が存在した。しかし、真の目的は総人件費の圧縮だった。賃金テーブルを改定する際、給与がアップする人はほとんどいない。合理性を持たせるために職務をポイント化したが機能しているとはいえなかった。
「賃金制度改定説明会の冒頭で、社員の方に『給与規程を通して読んだことがある人は手をあげてください』と質問することにしています。ある会社では誰も手があがらず、ある会社では40人中2人という結果でした。このような状況は、どの会社でもほぼ同じです。給料について関心がないのかというと、そんなことはありません。」(大槻さん)
「将来の給料がどうなるのか、結婚し家庭を持った時に、あるいは30代~40代の今の先輩たちの年代になった時に、いくら貰えるのかについては、皆知りたいはずです。ただ、新卒社員にせよ中途採用者にせよ、入社前や入社直後に、先々の給料のことを聞くことはタブーと感じている人も多く、会社側からの説明も曖昧になっているのです。」(同)
大槻さんは、特に仕事のできる優秀な社員ほど、昨今の売り手市場の下では、処遇に関する不信や不安感が、そのまま退職につながるかもしれないと警鐘を鳴らしている。
優秀な人材ほど敏感である
「賃金水準の高低の問題ではありません。会社が社員を大切に思っている証として社員に分かりやすいオープンな賃金制度を確立しているかです。経営者が社員を大切に考えているといっていても、社員の給与が先行き不透明で、給与規程を読んでもいくら昇給するのか何も分からなければ、やる気が高まることなど期待できません。」(大槻さん)
厳しい経営環境の長期化により賃金制度を見直す会社が増えてきている。限られた経営資源を効率的に配分する一方で、社員のモチベーションをいかに維持させるのか。優秀な社員を辞めさせない仕組みづくりは要点になるだろう。その実現には、制度そのもののわかりやすいさと納得性が求められている。さて、筆者も1月に新しい本を上梓したので、関心のある方は手にとっていただきたい。『あなたの文章が劇的に変わる5つの方法』(三笠書房)
尾藤克之
コラムニスト