マネー市場との主客逆転
世界市場で株価が大荒れする中で、黒田日銀総裁の続投が決まりました。昨年12月8日のブログ「黒田再任でもう決まり」で書きましたように、既定路線ともいえる人事です。安倍首相も馬を途中で乗りかえるわけにはいかないと、決断したのでしょう。
前半戦5年の異次元金融緩和について、黒田総裁が言っていることと、出てきた結果がまるで違うという指摘が多く聞かれます。これらに加え、後半戦5年は、マネー市場の波乱、下降局面の気配が濃い景気情勢、財政再建の難航、日銀の財務体質の悪化など、悪材料が多くなることでしょう。
就任当初は、総裁は市場にサプライズを与える一方、デフレ脱出への自信に満ちていました。それもつかの間、国債の大量購入の見返りとして、市場に供給した巨額のマネーに、次第に日銀自身が漂流するハメになりました。欧米と同様に「市場との対話」が流行語になり、一挙手一投足に細心の注意を払うなど、まるで中央銀行と市場の主客が転倒したような感じです。
財政と金融政策が安倍政権のもとで一体になり、日銀がもがいてもどうにならない状況にはまりこんでいるのが、もう一つの焦りです。「2年で2%の消費者物価の上昇。デフレ脱却」の路線変更を拒否し、効き目が乏しいのに、国債の大量購入(通貨供給)を続け、財政ファイナンス(財政資金の引き受け)が大きな目的になってしまいました。
国会の質疑で野党がなぜ、もっと異次元緩和の功罪を追及してこなかったのか、不思議です。民進党の大塚代表は日銀OBです。専門的な知識もあるはずです。異次元緩和が残す傷跡は大きいと思います。
外れた当初の狙い
6年目に入った景気拡大、雇用情勢の好転、企業収益の拡大などについて、安倍政権は「アベノミクスの成果」と発言しています。実際は「異次元緩和がもたらした効果は円安」、「株高などの資産価格の上昇」、「海外の好景気で輸出が増加」によるというのが定説です。物価を政策的に引き上げれば、経済状況の好転が後からついてくるはずとは、なりませんでした。
黒田総裁にとっては当初、予想もしていなかった展開でしょう。「実は、ある程度、予想していた。財政ファンナンスにつながることも、当初の思惑通り」と、強がりをいいたいのかもしれません。アベノミクスの効果をいずれ検証すべきです。
後半戦の5年は、相当、厳しい波乱が待っていると思います。まず、日銀が続けてきた国債の大量購入(累積で440兆円)をどう考えるかです。「減らしたり、停止したら長期金利があがり、保有している国債に巨額の含み損が発生する」、「日銀の財務体質が悪化する」、「国債金利が上昇し、国債費が増え、財政再建が遠のく」などなど。
あちら立てれば、こちらが
異次元緩和の方向転換を意味する「出口」に向かおうとすれば、金利が上昇し、マネー市場の波乱に加担することになる。財政に与える影響を心配し、「出口」を避けていると、日銀の財務体質が悪化する。あちらを立てれば、こちらが立たずの関係です。
退任が確実な岩田副総裁が「財政再建は急がないでほしい」と、問題発言したことにも、本音が潜んでいます。日銀から財政政策に対し、こんな注文をつけるなど、困った人です。この人は「2年で2%の物価上昇を達成できなければ、自分は辞任する」とまで、約束しました。結局、その責任もとらず、5年の任期満了を迎えます。
今回の米国発の世界的株安が示すように、金利は上昇局面に入り、株高は転換点にきています。日本については、「株高による資産効果は弱まる」、「金融緩和を方向転換した欧米と反対の方向に、いつまでも走つ続けるわけにはいかない」、長期的にみると、「20年の東京五輪が終われば、景気減速要因になる」、などなどです。
人事についていえば、今後は副総裁はだれになるのか。安倍首相の側近である本田悦朗(駐スイス大使、前内閣官房参与)、日銀プロパーとしては雨宮理事が候補にのぼっています。雨宮氏はともかく、家族ぐるみの付き合いの縁から、首相が重用してきました。こういう人事はもういい加減に御免こうむりたいですね。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2018年2月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。