GEPRフェロー 諸葛宗男
はじめに
米国の核の傘があてにならないから、日本は核武装すべきだとの意見がある。米国トランプ大統領は、日本は米国の核の傘を当てにして大丈夫だと言いつつ日本の核武装を肯定している。国内でも核武装論をタブー視せず、議論の俎上に載せるべきとの意見が台頭している。核武装するか否かは政策決定者が決めることであるが、本稿では我が国が核兵器を持つ意義があるのか否かについて検討した。
広島、長崎を見て世界が核エネルギーに震撼した
1944年8月6日広島、3後の9日長崎に原爆が落とされ、その6日後に日本が降伏して第2次世界大戦が終結した。24万人もの市民が殺されたことに世界は震撼した。好むと好まざるに拘わらず核兵器を持つ事が強者の代名詞になり、当時は世界の有力国が核開発に邁進した。そして米国、旧ソ連、英国、仏国、中国が核実験を重ね核兵器国は5ヶ国になった。その後1968年に核兵器の不拡散に関する条約(NPT条約)が締結され上記の5ヶ国が核兵器国として認定[注1]され、それ以外の国は核兵器の所有が認められなくなった。
戦後の日本の漫画で人気が高かったのは鉄腕アトムだが、発売されたのは丁度この1952年から1968年頃である。当時は日本でも核エネルギーへの人気が高かったことがわかる。その頃、核エネルギーはまだ鉄腕アトムの様に万能だと思われていたからだろうという人もいる。終戦直後は核クラブ(核兵器を持つ国)に入ることが国際的発言権確保の暗黙条件とされていたし、これが英国や仏国の核開発の動機になったものと思われる。
国連の安全保障理事会の常任理事国は全て核保有国
今の国際社会で最も高い権威を有しているのは国連だが、意外と知られていないのは、その国連の安全保障理事会の5つの常任理事国(米国、ロシア、英国、仏国、中国)が全て核兵器国だ[注2]ということである。このことは核を持っていることが国際的発言権を高めていたことの何よりの証座であろう。ここで注目したいのはインド、パキスタン、イスラエル等その後の事実上の核兵器国である。彼らは核不拡散条約(NPT)の核兵器国にされていないし、国連安保理の常任理事国にもなっていないのである。
その理由は何なのであろうか。恐らく、核兵器国5ヶ国が意思決定権者の増加を歓迎しなかった可能性が高い。核兵器国が核不拡散政策の推進に熱心なのはそのせいなのかも知れない。核兵器国になっても国連安保理の常任理事国になれず国際安全保障への発言力が高まらないとすれば、国際的な地位を高めるためだけに高い費用を掛けて核兵器を開発する意味は薄れてきたように思える。
北朝鮮の核兵器に対抗して核兵器を持つ意義はあるか
北朝鮮であろうが他のどの国であろうが、日本に原爆を落とす可能性があるだろうか。もし、日本に原爆が落とされたらすぐに米国が反撃してその国に原爆を打ち込むことになる。常識的にはそれを恐れて日本に原爆を落とそうとはしない。それが米国の核の傘、すなわち核の抑止力である。しかし、米国に反撃された国は次に米国本土に原爆を落とす可能性がある。米国がそのリスクを冒してまで日本を守ってくれるだろうかという疑問が生ずる。北朝鮮もそのことを念頭に置き核開発の目的が米国だと繰り返し公言しているのであろう。しかし、北朝鮮の核兵器は10発程度だと見られており、自国を焦土化するリスクを冒してまで約5,000発の核兵器を持つ米国[注3]と本気で核戦争することは合理的には有り得ない。むしろ北朝鮮の狙いは南北統一実現時に少しでも自国を有利にするための条件闘争だと考えるのが自然であろう。とすれば我が国が核武装したとしても状況が好転する可能性は低い。したがって我が国が核武装する意義は極めて乏しいといえる。
どうしても核兵器が必要ならニュークリア・シェアリングがある
NPT発足時には秘匿されていたがNATOにはニュークリア・シェアリングと言って米国の核兵器を有事の際、非核兵器保有国が米国の了承を得て使用できるシステムがある。現在はベルギー、ドイツ、イタリア、オランダの4カ国が参加している。日本も検討したようであるが、非核三原則、特に”持ち込まず“の原則があるためなのか実現していない。現在は核兵器が大幅に進歩し相手国に近接する必要性が以前より大幅に薄れているため、ニュークリア・シェアリングの必要性は限りなく低下している。しかし、上述した北朝鮮問題で政策的に国内に核兵器が必要になるのだとしたら、このニュークリア・シェアリングは有力な選択肢である。以前は非核三原則がネックになって断念したようであるが、同じ敗戦国のドイツも実施しているのであれば、日本が核武装するよりはずっとましな選択肢である。
核武装政策の選択は非核兵器国に誤ったメッセージになる
どうしても気になるのは、もし我が国が非核政策を転換して核武装政策を採ったら、核武装いないと国の安全は守れないと言う誤ったメッセージを国際社会に与え、潜在的能力を有している国が雪崩を打って事実上の核兵器国が増えてしまうのではないか。欧州にはこのことを懸念して英国、仏国の核保有に批判的意見[注4]が根強く存在するようである。このことはアジアにおける我が国の場合にも当て嵌まる考え方である。このことからも核武装政策の選択は賢明な政策だとは言えまい。
以上
[注1] 外務省「核兵器不拡散条約(NPT)の概要」,第9条3に“この条約の適用上、「核兵器国」とは、1967年1月1日以前に核兵器その他の核爆発装置を製造しかつ爆発させた国をいう”とされている。2018.2.18閲覧, http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/npt/gaiyo.html
[注2] 外務省「国連安全保障理事会(安保理)とは」, 2018.2.18閲覧, http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/un_anpori/torikumi/anpori.html
[注3] (社)原子燃料政策研究会「核軍縮・核廃絶のために世界の核兵器の現状」,2016.9 http://www.cnfc.or.jp/j/arsenal/index.html
[注4] 塚本他「核武装と非核の選択―拡大抑止が与える影響を中心に―」, 防衛研究所紀要第11 巻第2 号,p.9 1~2行目,2009年1月