トランプ大統領がなぜ3月1日に突然、鉄鋼とアルミを対象に関税賦課を切り出したのか。中間選挙を控え、難航する北米自由貿易協定(NAFTA)を有利に進展させるべく強硬策に出たのか。あるいはこの方がご説明していらっしゃるように、ペンシルベニア州で3月13日に実施される下院選挙を意識したのかもしれません。4月15日頃公表予定の為替報告書を前に、現状の条件で中国を為替操作国として認定できない以上、トランプ政権として牽制する必要があったとも考えられます。
トランプ大統領の支持率、関税賦課の提案を受けて再び低下中。
(作成:My Big Apple NY)
タイミングと真意はさておき、これまでの政策運営を見る限り、トランプ政権は地道に、愚直に選挙公約を守ってきました。医療保険制度改革法案(オバマケア)の撤廃・代替案移行に失敗したとはいえ、エネルギーや金融関連の規制緩和をはじめ、入国管理を含む移民政策の強化、さらに税制改革法案を成立させています。トランプ大統領は予測がつかない人物ですが、政策は選挙公約に沿っているだけなので、本来であれば政策の方向性が比較的分かりやすいと言える。では、経済政策の主な選挙公約とは何だったのでしょうか?
ここで思い出されるのが、通商政策で舵を取るロス商務長官とナバロ通商製造業政策局長が作成し2016年9月に公表された「トランプ氏の経済計画評価、通商、規制、エネルギーに関わる政策の影響」です。
経済政策の3本柱として規制、エネルギー政策改革より真っ先に挙げられた政策こそ通商。歳入面でも、通商は改革を通じ1.74兆ドルもの増収を生み出すと試算されていました。オバマ政権時代に低成長が「新たな標準=new normal」と呼ばれた点を批判し、低成長の原因こそ貿易慣行にあると指摘することも忘れません。純輸出がマイナス、つまり貿易赤字を計上する時、成長を押し下げてきたと主張します。
トランプ政権の選挙公約で予想される増収額。
(作成:My Big Apple NY)
例えば2015年の貿易赤字は、約5,000億ドルでした。これは2015年の名目GDPの増加分である6,440億ドルの78%に相当し、ロス氏とナバロ氏にしてみれば貿易赤字がGDPを押し下げたも同然です。また過去平均が3.5%、2002年以降の成長率平均が1.9%のところ、成長率1%が120万人の雇用創出につながると仮定すれば、足元の就労者数は過去平均を200万人下回る計算となる。貿易収支で過去と現在を分けたのは、①NAFTA合意、②中国のWTO加盟、③韓国とのFTA締結――の3つであり、だからこそトランプ氏の重要政策は「貿易赤字の削減とそれによる成長押し下げの低減」というわけなんですね。
貿易上の構造問題には、①為替操作、②貿易相手国の重商主義的政策の実施、③公正でない通商合意――を並べていました。こうしてみると、中国が本丸で間違いないでしょう。中国と言えば為替操作国の3条件のうち1つしか該当していません。しかし、国家経済会議(NEC)のコーン委員長の辞任報道をかき消すように、トランプ政権が中国の対米投資や輸出に広範囲な制限を検討中との報道が飛び出しました。鉄鋼・アルミの関税賦課のニュースと合わせ、中国から歩み寄りがみられたなかでの一連の動きは貿易赤字削減を通じ成長加速を図りたいトランプ政権の執念すら感じさせられます。
中国は2月27日、2010年に導入した米国産鶏肉への反ダンピング税・補助金相殺関税(AD/CVD)を、期限の2021年より前倒しで終了すると発表しました。習主席のブレーンであり、中国共産党中央政治局委員・中央財経指導グループ弁公室主任の劉鶴氏が訪米した日に合わせたことは、想像に難くありません。それもこれも、3月5日から開幕する全人代をにらみ、米国からの対中圧力を抑制する意図があったのでしょう。中国による報復手段には大豆をはじめ農産品が考えられる一方、飼料作物となれば中国国内の豚肉など食品インフレを誘発しかねず、貿易での報復余地が限られる状況。トランプ大統領の一般教書演説では通商や中国に関わる言及は限定的だったものの、言葉にしなかったメッセージこそ最重要だったのでしょうか。
(カバー写真:The White House/Flickr)
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2018年3月7日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。