今国会の最大の眼目は、「働き方改革」だろう。働き方にかかわる議論が繰り広げられるなかで、「裁量労働制」をめぐって大問題が起きたのだ。
安倍晋三首相は、労働時間について「裁量労働制のほうが短いというデータもある」と答弁した。ところが、この発言が問題になった。安倍首相の答弁は、厚労省の「労働時間等総合実態調査」のデータが元になっている。ところが、この調査方法が不適切だったことが判明したのだ。
2月28日、安倍首相は、「働き方」関連法案から、裁量労働制の対象を拡大するという部分の削除を、ついに決断した。そうせざるを得なかったのである。
それにしても、厚労省の調査からは、400件を超える不適切なデータが発覚している。あまりにもずさんすぎる。
僕はひょっとして、安倍首相に対する厚労省の反乱ではないかと思った。わざとずさんなデータを提出することで、安倍首相を不利な立場にしようという意図があったのかと考えたのだ。僕がそう深読みしてしまうぐらい、ひどい調査だった。
安倍首相は、もうひとつの「高度プロフェッショナル制度」、すなわち「残業代ゼロ制度」は続行、成立させるとしている。こちらもまた野党からの批判が強い。一部の専門職が対象であるとはいえ、労働時間規制をはずし、残業代がなくなることは、搾取につながる恐れもあるからだ。
そもそも「働き方改革」は、ふたつの事件がきっかけだった。ひとつは電通で起きた、過労などからの女性社員の自殺だ。そしてもうひとつは、NHKの記者が過労死した事件だった。
だから、長時間労働をいかに是正するか、ということが重要だったはずだ。そして、長時間労働をなくすことを本当に実現させるなら、企業の全体的な仕事の量を減らすべきだ、と僕は思うのだ。
今回の法案では、「同一労働同一賃金」の問題にも触れられている。
いま、日本の労働者の40%が非正規社員だ。なぜ、そんなにも非正規社員が多いのか。日本の正社員は、年功序列、終身雇用が採られているからだ。企業からすれば、いったん雇用してしまうと簡単にはクビにできない。一方、非正規社員なら、容易にリストラできる。
もうひとつ、日本の生産性が低いという問題もある。かつて評論家の山本七平さんは、日本は「空気」の文化だと述べた。生産性が低いのも、日本が、この「空気」の文化だからだ、と僕は思うのだ。会議などが、その場の「空気」に左右される。周りの「空気」を読んでしまうから、無駄が多く、労働時間も長くなる。生産性も低くなるのだ。
いずれにしても、安倍政権の最重要政策である「働き方改革」は、拠り所とするデータに信用性が欠けている。だから安倍政権は、「働き方」関連法案の成立を急ぐべきではないのだ。むしろ、過労死を生まない、国民が幸せに働けるという、原点に立ち返るべきなのだ。
編集部より:このブログは「田原総一朗 公式ブログ」2018年3月9日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた田原氏、田原事務所に心より感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「田原総一朗 公式ブログ」をご覧ください。