20年前の大蔵省事件が問いかけること

中村 伊知哉

財務省の不始末は、官僚4人が逮捕され自殺者も出し大臣も次官も局長も辞めた1998年の大蔵省ノーパンしゃぶしゃぶ事件以来20年ぶりとなります。自殺者の出現と局長(長官)辞任が共通してしまいました。どこまで広がるでしょう。

支持率が高く強い政権であることも共通しています。前回は橋本内閣が夏の参院選に負けて倒れました。今回、選挙はありませんが総裁選が待ちます。一強とされる内閣にどこまで波風が立つでしょうか。

20年前は通産省から総理大臣の政務秘書官が出るなど官邸の通産色が強い状況での大蔵省事件でした。今回も同じ臭いがしますが、前回も今回も大蔵のチョンボに他省がほくそえむというより、霞が関全体に被害が広がる図。

前回は銀行局・証券局、今回は理財局という、主計・主税以外の脇役が矢面に立つ案件でもあります。前回は同年、財金分離という大蔵解体が断行され、組織的なけじめも見せました。今回は組織にも手がつけられるのでしょうか。

前回の接待汚職は、お主もワルよのう的なお上のステレオタイプをなぞる想定の範囲内でしたが、それでも役所の中の役所、エリート中のエリートが引き起こした激震でした。同内閣による消費税上げに端を発し、「失われた20年」が始まることになるのですが、霞が関の萎縮もあり、国力全体の低下をもたらしました。

今回はウソ、隠蔽、改ざんで政治の顔にも泥を塗る行為。前回よりも深刻です。国会答弁も塗り替えられるとあれば、政府の言葉は一切の信用を失います。事実を明らかにして納得の行く処分がなされたとしても、霞が関は長年にわたって取り返しのつかない傷を改めて負うでしょう。それがどの程度、国力に響くことになるでしょうか。

米トランプ政権、英ブレグジット、独連立政権など各国がグラグラする中でほぼ唯一ゆらぎのない民主主義政権だった日本は、世界の安定に役立つチャンスだったのですが、これで海外から心配される存在となるでしょう。

なお、モリとカケを同質視するむきがありますが、両者は全く別物。カケは半世紀の岩盤に官邸主導で穴を空けたことに対する抵抗勢力との攻防という表の行政なのに対し、モリはヤバい業者に政治的な忖度で乗ったチョンボと隠蔽工作というダメな話。メディアにはそのあたりメリハリをつけてほしかったです。

さて、その上で、今後について思うことが3点あります。

改ざん(修正)は、できます。紙なんだから。書庫にある稟議書を取り出して、ハンコが連なった表紙のホチキスを外し、ワープロを打ち直した紙に差し替えれば、書き換えは簡単。(ぼくは役所の大臣官房で文書の決裁と管理を担当していました。赤ペンで稟議書を直して決済するおしごと。)ブロックチェーンを導入せずとも、改訂記録の残るデジタルを原本にしておけば済む話です。

20年前の事件を受け、公務員倫理法ができて、霞が関全体が自らの手足を縛りました。接待を避けるようになりました。立食ならいいという噂が立ち、座敷の会合で一人だけ立ってる勘違い先輩もいました。でもそれはいいほうで、官民の連携が滞り、民間の本音が霞が関で共有されにくくなったことは、机上の空政策が増えるマイナス効果を生みました。

今回、落とし前としてどんな策を講じるのか。政府・IT本部が進めるIT利用の拡充や情報公開の強化を進めるのは望ましい。紙文化・ハンコ文化の廃止に向かえばいい。他方、政官のコミュニケーションを規制したり、官の動きを縛ったりする活力を失う策は避けていただきたい。

2点目は、官僚制のあり方です。前回も今回も一組織への忠誠から生まれたことと感じます。間違ったことでも上司に従い、口をつぐみ隠すというのは、忠誠先が国民や国家ではなく所属組織だから発生する。官僚が第一に奉仕するのは国民や国家であることを具現化するには、財務省など各役所が採用し、その役所で偉くなっていく仕組みを改め、政府として一括採用して各省に配置し、人事を回していく仕組みにするのがよい。

これを一部 実行するのが「内閣人事局」ですが、幹部職員に限られています。全公務員、全キャリアとはいいません。キャリアをジェネラルとスペシャルに分け、ジェネラルは各省を巡っていく人材、スペシャルは専門を持ち個別省に張り付く人材。その前者を内閣人事局が採用・配置する。フランスに似た仕組みです。

3点目、省庁再編。今の省庁編成になったのは20年前の橋本行革の結果です。(ぼくは総務省を作る仕事を最後に役所を去りました。)今回の落とし前として財務省解体や歳入庁創設という声を聞きます。直前に国会でデータ間違い騒ぎを起こした厚労省も再編を叫ぶひとがいます。20年経ったので、疲れもありますよね。また見直していいと思います。

でも、不始末をした役所が懲罰的に分割されるだけでは元気が出ません。せっかくなので、新しい時代を拓く新組織を作りましょう。
「文化省」です。
コンテンツ、知財、メディア、ITの行政を包含する戦略部門。文化立国を担います。
この構想も唱え始めて10年になります。
「文化省をつくろう!」
http://ichiyanakamura.blogspot.jp/2009/10/1_25.html
http://ichiyanakamura.blogspot.jp/2009/10/2_27.html

今回の事件が、何かそんな明るい副産物を残してくれないかな、とほんのちょっぴり夢想するのでした。おしまい。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2018年3月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。