欧州連合(EU)19カ国が27日夜、英国で今月初めに起きた軍用神経剤による元ロシア情報員セルゲイ・スクリパリ氏(66)とその娘ユリアさん(33)の暗殺未遂事件をロシアの仕業と判断し、対抗措置として露外交官の追放を発表した。これについて、オーストリア政府はブリュッセルの決定に反対はしないものの、ロシア外交官の国外追放は考えていないという。「反対しないが、連帯はしない」というウィ―ンの対ロシア政策である。
事件は3月4日、英国に亡命中の元ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)スクリパリ大佐と娘が、英国ソールズベリーで意識を失って倒れているところを発見された。調査の結果、毒性の強い神経剤はロシア製の「ノビチョク」である可能性が高いことが分かった。
メイ英首相はブリュッセルで開催されたEU首脳会談で、亡命ロシア軍情報機関の元大佐と娘に対し、ロシアが神経剤で襲撃したことを実証する証拠を公表した。ドイツのハイコ・マース外相は「第2次世界大戦後、欧州の地で初めてのロシアの神経剤使用の証拠は明確だ」と述べ、ロシアへの制裁は不可避だと強調。他のEU加盟国首脳は英国の対ロシア制裁を支持、英国に倣いロシア外交官の国外追放を決定した経緯がある。それに対し、ロシアは軍用神経剤の使用や暗殺未遂を否定している。
欧州ではこれまで、英国が23人、ウクライナ13人、ドイツ、フランス、ポーランドの3国が各4人、リトアニアとチェコが3人のロシア外交官(主に情報機関出身)を追放。ロシア寄りを示してきたハンガリーも対ロシア制裁政策に加わり、1人を追放した。
米国の60人を筆頭に、カナダ4人、オーストラリア2人を含むと、欧米諸国で合計150人以上のロシア外交官が国外退去処分を受けることになる。冷戦後、前例のない大規模なロシア外交官の国外追放だ。オーストリア日刊紙プレッセ3月29日付の一面で「新しい冷戦の始まりだ」と懸念する声を報じているほどだ。
ところで、EU加盟国のオーストリアはロシア外交官の追放を実施しない方針を表明し、EU加盟国から「オーストリアとロシアの特別関係」を憶測する呟きすら聞かれる。
オーストリアのクナイスル外相は27日、「ロシアの関与が実証されたとしても、わが国はロシアとの対話の門を開けておく。厳しい時であるほど対話のチャンネルを維持することが大切だ」と述べ、ロシア外交官の国外追放を実施しないと説明した。なお、ロシアのプーチン大統領は6月、オーストリアを公式訪問する予定だが、オーストリア側にはプーチン氏の訪問に障害となることを避けたい意向が強いはずだ。
中立国のオーストリアは冷戦時代から地理的位置を利用した東西両欧州の架け橋的役割を果たしてきた。旧ソ連・東欧共産圏からは200万人の政治亡命者がオーストリアに逃げ、“難民収容国家”の名称を得たほどだった。同時に、ロシアに対しては他の欧州諸国より歴史的に友好関係を築いてきたことも事実だ。
オーストリアで昨年12月18日、中道右派の国民党と極右政党自由党の連立政権が発足したが、クルツ連立政権が対ロシア制裁に消極的な理由として、極右政党「自由党」が親ロシア政策をとっており、EU対ロシア制裁の解除、クリミア半島のロシア所属の公認を支持していることもある。そのため、自由党からクルツ首相に圧力があったのではないか、という憶測が生まれてくるわけだ。
なお、自由党のハインツ・クリスティアン・シュトラーヒェ党首(副首相)、ノルベルト・ホーファー運輸相、欧州議会のハラルド・ヴィリムスキー議員ら自由党幹部は2016年12月、モスクワを実務訪問している。
オーストリアにとってロシアは上位10に入る貿易相手国だが、EUの対ロシア制裁後、対ロシア貿易は減少してきた。同国の経済界では対ロシア制裁の解除を願う声が強い。
難民収容分担問題でも表面化したが、EU加盟国では政策、路線の違いが明確になってきている。どの国も自国の国益を優先するのは避けられないが、ことは化学兵器や猛毒の神経剤が犯行に使用されたのだ。シリアのアサド政権の化学兵器使用時でもそうだったが、国際社会は毅然とした姿勢で対応しなければならない。その意味で、オーストリア政府の今回の対ロシア政策は問題と言わざるを得ない。非人道的な犯行に対して、中立主義云々の論理は通用しないのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年3月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。