米英仏の精密攻撃と5つの「事実」

米英仏の3カ国の有志連合国軍が14日、シリア国内の3カ所の化学兵器製造・保管関連施設への軍事攻撃をした。これまでのところ、シリア政府軍、駐留ロシア軍兵士に人的被害は出なかったという。肝心の化学兵器製造関連施設への攻撃が成功したか否かの情報には、統一した見解はないが、米軍制服組トップのダンフォード統合参謀本部議長は、「首都ダマスカスの化学兵器の研究施設や中部ホムス近郊にある化学兵器保管庫など3カ所を攻撃した。アサド政権の化学兵器能力を長期的に大きく後退させた」と強調している。

▲シリアへ「精密攻撃」を発表するトランプ大統領(2018年4月14日、米ホワイトハウスの公式サイトから)

▲シリアへ「精密攻撃」を発表するトランプ大統領(2018年4月14日、米ホワイトハウスの公式サイトから)

米英仏3カ国の対シリア攻撃は、ダマスカス近郊の東グータ地区で今月7日、シリア政府軍が化学兵器を使用し、多数の市民に犠牲が出たことを受けた制裁攻撃だった。シリア政府軍もロシア側も化学兵器の使用容疑については「西側のプロパガンダ」として一蹴しているが、シリアで活動する国際人道支援グループなどの動画から化学兵器が使用された疑いは否定できない。ただ、「誰が」という疑問には現時点では完全には答えることができない。化学兵器は核兵器とは異なり、短期間で容易に製造できるうえ、移動運送は容易だ。

ここでは米英仏3カ国のシリア攻撃が明らかにした事実、教訓について少し頭を整理したい。

①明確な点は、米国とロシア両国は正面の軍事衝突には関心がないという事実だ。ロシアのプーチン大統領は「大きな代償を担うだろう」と警告を発し、ロシア連邦防衛安全連合理事会のビクトル・ボンダレフ会長はタス通信に対し、「世界と人類への犯罪だ。強烈な対抗策が要求される」と強調したが、本音は世界最強国・米軍との軍事衝突は回避したいはずだ。

米国とロシア両国は昨年4月以来、軍事ホットラインを通じて緻密に情報を交換している。いつ、どの施設を攻撃するかについて、米国はロシア側に通達している。だから、ロシア側は事前にロシア兵士を避難させることができた。同時に、シリアに配置したロシアの高性能最新ミサイル防衛防止システム「S-400」(トリウームフ)のスイッチを切っていたという情報が流れてくる。すなわち、ロシア側には米軍の巡航ミサイル「トマホーク」を撃ち落とす考えはもともとなかったというのだ。

シリア外務省は「野蛮で残忍な攻撃だ」と批判する一方、「わが国は米軍のミサイルをほとんど撃ち落とした」(シリア国営サナ通信)と述べたが、単なるプロパガンダに過ぎない。

ちなみに、シリア西部シャイラト空軍基地への空爆の際(2017年4月7日)、米軍は59発の巡航ミサイルトマホークを発射したが、「今回はその倍のミサイルを使用した」(マティス米国防長官)という。

②ロシアとアサド政権の間に利害と目的にずれが表面化してきた。ロシアが事前に米軍と交渉していることに対し、アサド側には不信感がある。一方、ロシア側はシリアで着実に軍事的成果を上げている時、シリア政府軍が国際社会から批判がある化学兵器を使用することには同意していない。ロシアが「S-400」ミサイル防衛システムを起動させなかったのは、シリア軍の化学兵器製造拠点を破壊することにロシア側は反対ではないからだ、という憶測が出てくる。

アサド大統領は米英仏軍の空爆直後、「米英仏の軍事攻撃はシリア国民の結束を強化するだけだ」(サナ通信)と強がりを言っている。

ロシアの狙いはシリアで親ロシア拠点を構築し、中東地域で政治、軍事的影響力を保持することだが、アサド政権にとって政権保持が最優先の課題であり、それは国内の再統一だろう。ロシアとシリアとの間には歴然とした国益の相違がある。

③国連憲章は世界の紛争解決と平和促進を明記しているが、国連は今回も全く無能であることを実証した。米英仏の軍事攻撃は国連が何も決定できないために取られた対策だ。対シリア制裁、軍事攻撃もロシアの拒否権の前に採決される可能性は皆無だ。国連安保理の協議は時間だけが経過し、実質的、効果的対応はできない。国連が機能できるのは、関係国間でコンセンサスが成立した時だけだが、シリア問題では目下、米とロシアの間には大きな隔たりがあるだけに難しい。

④シリア内戦は今年3月で丸7年目が経過したが、内戦終焉への戦略的シナリオは依然、見えないことだ。米軍がシリアの化学兵器製造保管施設を破壊したとしても、シリアの内戦を終結できない。残念ながらトランプ大統領には中長期の対シリア戦略はない。地上軍の投入なくして空爆では如何なる紛争も終わらすことはできない。

一方、アサド政権を支えるロシア、イランには中長期のビジョンがある。その差がシリア国内での軍事活動に影響を与える。オバマ政権の時は化学兵器が使用されても軍事介入は避けたが、トランプ政権になると、即軍事制裁が行われた。しかし、ポスト・トランプ政権は不明だ。イラク紛争の教訓もあって、トランプ政権もシリア問題に長期関わる考えはない。

一方、ロシアとイランはシリアを中東の拠点とみなし、政治的、軍事的影響力を行使し続けることを狙っている。短期戦を強いられ、ビジョンのない米国と、中長期的なビジョンのもとコマを動かすロシア・イランの間には、戦略的にも相違が出てくるのは避けられない。

⑤軍事活動とメディアの関係はこれまで以上に密接なつながりがあることだ。米英仏の有志国の軍事攻撃を決定させた最大の要因はシリア政府軍が化学兵器を使用し、多数の市民が犠牲となっている姿が国際社会に報じられたからだ。子供や市民が化学兵器の影響で苦しんでいる姿に国際社会は沈黙できなくなった。

世界最強国の米国にはシリア制裁を求める声が届く。世界の警察官をもはや務めないと表明し、「米国ファースト」を標榜してきたトランプ大統領も静観できなくなる。今年11月には中間選挙が行われる。それらの状況からトランプ氏は軍事攻撃を決定した。あれも、これも、トランプ氏の一挙手一投足を注目しているメディアの目があるからだ。ロシアの政治家は「シリアで化学兵器が使用されたと偽情報を流したメディア関係者は将来後悔するだろう」と脅迫し、メディアの影響の大きさを暗に認めている。

トランプ大統領の「精密攻撃」という表現は戦争ビデオのゲームを演じているような錯覚を聞く者に与えるが、米英仏のシリア攻撃がアサド政権の化学兵器使用をストップさせるだけの“精密な”攻撃だったかは今後、明らかになるだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年4月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。