志望動機不要論

高部 大問

新卒採用が​​慌ただしい。経団連の『採用選考に関する指針』に則る企業は6/1の選考活動解禁に向けて、則らない企業は既に選考活動で多忙を極める。選考活動のメインは面接だが、企業は面接で学生にほぼ必ずと言って差し支えないほど「志望動機」を質問なさる。まるで、面接学生が皆貴社を第一志望としたり貴社専願であるかのように。しかし、そんなこと、あるはずがない。

もちろん、「第一志望でなくともそう答えるのが礼儀」とお考えの企業もあるだろう。志望動機は単に言葉のやり取りで、それを「コミュ力」とお呼びなのかも知れない。しかし、である。そんなことを忖度させることに何の意味があるのだろうか。 今回は、面接官の皆様に「志望動機を聞くのをやめてはどうか」と提言させていただきたい。

「何を無茶なことを」と仰るかも知れない。「志望動機なくして学生の熱意は測れない」とお叱りになるかも知れない。だが、大学の就職課で日々学生の就職活動の相談を受ける身としては、志望動機は皆様が期待されているほど効果を発揮していないことをお伝えせねばならない。決して愚問ということではなく、人材の見極めには殆どお役に立たないため不要ではないでしょうかと御提案申し上げる次第である。

まず、企業にとって不要である。なぜならば、志望動機を必死に確認しモチベートした後、見事採用に至っても、3年で3割が早期離職するのが現状である(​『新規学卒者の在職期間別離職率の推移』厚生労働省 )。また、(株)マクロミルの『ストレス実態調査』によれば「働く男女の86%がストレスを感じている」し、別の調査では企業規模を問わず「メンタルヘルスに問題を抱えている正社員がいる企業」は約49%以上であり、従業員数1000人以上の大企業に限れば70%以上にのぼる(『職場におけるメンタルヘルスケア対策に関する調査』(独)労働政策研究・研修機構)。入社時にあれだけ志望動機を確認されているのに、である。

一方、学生にとっても志望動機の作成は不毛な時間だ。 就職は恋愛に喩えられることが多いが、 求人情報サイトだけで30000社以上もの企業情報が掲載されている。その中から「あなたとしか一緒になる気はございません」という一途なラブコールは、余程の思い入れや一目惚れでもしない限り生じない。そんな学生を除き、今の就職活動で保険をかけず1社しか受けない学生がいたら、企業の皆様は無謀で無策な学生だと評価し不採用になさるだろう。なぜなら、リスクヘッジや計画的な物事の推進は仕事の基本であり、それができない学生は即ち「仕事ができない人材」と烙印を押されるからだ。

それでも、面接後の学生から知らされる限り、志望動機をやり取りして内定に結びつく方がマジョリティである。志望動機を聞いて採用できた企業と、志望動機を上手く言えて入社できた学生。この何年にも亘る成功体験の連鎖が志望動機に不動の地位を与えた。聞かれたことには答えるのが面接。だから、学生は予め準備し対策を練る。そこに需要が生まれ、「志望動機の書き方」や「好例」「NG集」、なかには「代書サービス」までもが市場に溢れかえっている。資本主義であるからそれ自体は何の問題もない。ただ、申し上げたいのは、それらを通じて作成された文言は、その学生固有の志望動機ではないということだ。

そもそも志望動機とは何か。ここでは、「志望する(に至った)きっかけ」か「志望する(と覚悟した)理由」の2種類であろう。前者は極めて個人的な事柄であるため他人に作れるはずがない。後者も他者の例を見てテンプレ的に作成すればするほど個性は削ぎ落とされる。企業の皆様がそのようなコピペの大好きな画一的人材をお求めとは思いたくないが、実際は志望動機に社運を賭ける企業が数え切れない。

なかには、「面接学生が志望動機をうまく言えず役員からNGが出てしまいました」と申し訳なさそうにご教示くださる人事の方もおられる。が、それは採用の大前提を見失っている。採用すべきは貴社で活躍しそうな人材であって、志望動機がきちんと話せる学生ではないはずだ。面接時の志望動機と入社後の活躍が密接に関係しているならば話は別だが、最新のAIなどでリンクすることが解明されたのだろうか。

志望動機を聞くべき理由として、 人事の方からはこんなご意見を頂戴する。ひとつは、志望動機は論理的思考力を試し地頭を診るには良いというご意見だ。ただ、それにしては得られる便益以上に学生の勘違いを生んでいることを御認識いただきたい。志望動機を何度も何度も聞かれて内定を獲得した身からすれば、自身の志望動機が支持されたと誤解する。「入社後のやりたいこと」などを雄弁に語った場合などは悲惨で、入社後はそんなに甘くはないのが現実だろう。もうひとつは、トヨタの「なぜなぜ分析」などを引き合いに出され、志望動機確認を支持される方もおられる。

しかし、「なぜなぜ分析」は生産管理においてトラブルの原因究明に抜群の効果を発揮する分析手法であり、学生に志望した理由を「なぜ?なぜ?」と問うたところで、「たまたまwebで見ました」などの偶然の出会いの物語が聞けるか、はたまた「御社で活躍できると思いました」という妄想に基づく宣言が聞けるだけである。人材を見定めるに足りる情報は何度聞いても出てこない。

加えて、大方の企業の皆様が見落とされている点がある。それは、志望度は面接でも上下するという怖い事実だ。学生の志望度は何も面接前に確定しているわけではない。企業が学生を面接で判断するように、学生も面接で企業を判断する。だからこそ、面接後に辞退する学生がいるのだ。別に、圧迫面接がダメなどということではなく、志望動機という半ば強引に作り出した、あくまで言語上のやり取りとして差し出したはずの「つまらないもの」によって良し悪しを真面目に判断されると興醒めするということだ。「つまらないもの」は笑納すべきものなのだから。

実際に、志望動機を質問しない企業は以前から存在する。「採用したい学生は自分たちから口説きにいく」というわけだ。恋愛でも同様かも知れない。交際したい相手が最初からこちらに好意を寄せていない(志望度が低い)場合、こちらからアプローチする以外に方法はない。いざ面会できるチャンスを得たからといって、「私と会ってくれた理由は?」などと聞くのはナンセンスだろう。別の表現をすれば、ファン集めと仲間集めは違うということだ。志望度が高くても資質や能力が伴わないのはただのファンだ。企業の皆様が求める人材はそうではなく、志望度がたとえ低くとも自社で活躍してくれそうな資質や能力を持つ人材であろう。そんな人材に仲間として加わってもらうには振り向いてもらうための努力を要する。有名企業や大企業でも万人から志望されないのが現実であるから、認知度の低い企業の場合は尚更である。

学生の志望度や志望理由を聞いて安心したいのは企業側の事情であり、それは良い採用に必ずしも結実しない。究極的には、就職活動で必須タスクとされる「企業理解」や「自己分析」さえ面接時には必要ない。学生時代に没頭した事柄を聞き、貴社で活躍できそうだと判断されれば良いのだから。企業の皆様は、コスパの悪い志望動機を聞くのをやめてみてはどうだろうか。

高部 大問(たかべ だいもん) 多摩大学 事務職員​​
大学職員として、学生との共同企画を通じたキャリア支援を展開。本業の傍ら、学校講演、患者の会、新聞寄稿、起業家支援などの活動を行う。