保守的な日本で、企業とラグビー界が多様性を打ち出す意義って?

新田 哲史

きのう(4月23日)は、知り合いのお誘いで、AIGジャパンが主催する「ダイバーシティ(多様性)」のイベントを取材に行ってみた。ダイバーシティというと、朝日新聞やハフィントンポストのようなリベラルの匂い立つようで、アゴラの読者では「苦手」という人が少なくないかもしれない(苦笑)。それでも書き置いておこうと思ったのは、最近の財務次官のセクハラ騒動に政治・行政、マスコミが翻弄される様が「多様性以前」のそもそものレベルにとどまっていて、日本の国際戦略的にも、結構まずいんじゃないかと直感したこともあるからだ。

多様性の強みを象徴するオールブラックス

先にイベントを紹介すると、AIGジャパンは、このほど「DIVERSITY  IS  STRENGTH(多様性こそ強さ)」というキャンペーンを開始。この日は、性や異文化の差異、障害の有無などがあっても互いを認め合い、誰もが活躍できる多様性を実現するための社会的な取り組みを支援する「PROJECT ZERO」というキャンペーンを始めたのだという。

登壇したマコウ氏(左)NZ女子代表選手、大畑大介氏(右)

この日は第1弾を発表。AIGグループは6年前から、ラグビーの強豪ニュージーランド(NZ)代表チーム(オールブラックス)のスポンサー契約を結んでいるが、おなじみの黒地のTシャツを引っ張ると、虹色があらわれるという特殊加工されたもの作成。このキャンペーンの中に賛同した人のSNSでの反響に応じて、LGBT支援のNPO法人への寄付額を決めるというチャリティー企画を行うという。

イベントには、長年、オールブラックスで活躍した世界的大スターのリッチー・マコウさん(15年に引退)やNZ女子代表の3選手も参加。ラグビーファンにはおなじみのことだが、サッカーと違って国の代表は国籍は厳格ではなく、居住年数や親がその国の出身であるなどの要件を満たせば外国籍のままでも代表入りは可能だ。その点、NZ代表チームは、白人選手だけでなく、太平洋の島嶼部からの移民出身者も多い。ラグビー界の多様性を象徴するような混成軍で、W杯では史上最多の3度の優勝を誇るなど、まさに多様性を強みとしてきた。

(ちなみにキャンペーンの動画はお世辞抜きにマジでかっこいいです)

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作成した動画を友だち、家族、世界中の人たちと共有

この日は、賛同者として、小錦さん(外国出身)、栗原類さん(発達障害を告白)、春名風花さん(いじめ問題で注目)、杉山文野さん(LGBT支援団体)といった人たちがそれぞれの立場から、多様性の重要性を訴えていたが、AIGジャパンが今回のキャンペーンを推進する背景としてはどこにあるのか。

国も提唱してきたダイバーシティ経営の重要性

同社のラリック・ホール副社長は「日本の顧客は多様性に満ち溢れており、日本社会のニーズに寄り添ったサービスをしたい。現状維持ではイノベーションはできない。多様性の必要性を認識するだけでなく、行動を起こすことが必要」と述べた。多様性を組織改革に生かす「ダイバーシティ・マネジメント」という視点でみると、実際、AIGジャパン自体も近年、傘下のAIUと富士火災の経営統合を数年かけて進めてきた経緯があり、単なるCSR的な文脈だけでなく、「混成軍」としての強みをこれから発揮しようという意気込みも込められているのかもしれない。

実は、国としても日本企業が停滞した理由として、組織内の多様化の遅れを問題意識としてとらえており、かなりの年月が経つ。

経済産業省が『「成熟」と「多様性」を力に』と銘打ったビジョンを打ち出したのは、2012年のことだ。当時はリベラルな民主党政権下という影響もあったのかもしれないが、「終身雇用・正社員・男性中心」の就労モデルの限界、つまり、これまでの「オッさん的な経営スタイル」が行き詰まりかけている潮流にあって、商品開発などでイノベーションを産む力は、多様な人材の多様な視点がベースになる。

日本の女性役員比率は先進国でも際立って低い3%という中で、昨年日経の行った調査で、女性役員の比率が1割を超えた企業の自己資本利益率(ROE)やPBR(株価純資産倍率)などが全上場企業平均を上回ったことがにわかに注目された。

対立しがちな政治文脈と異なる民間企業の視点

一方で、セクハラ騒動が起きた財務省のような官庁や、新聞社などの「古い」体質の業界は、社会の中枢を担う割に厳然とした「男社会」だ。たしかに、この10年で現場レベルの女性比率は増えてきているが、私の古巣の新聞社のグループ本社は、女性の役員はおらず、各社の旧知の女性記者たちからも社内外で体験したセクハラ発言の数々を内々に聞かされてきた。記者クラブ界隈では「多様性の一歩目」である女性活躍の実態から程遠く、その先にあるLGBTや障害者、外国人の登用となると、“見えない未来”のことのように思えてしまうこともある。

また、財務省の一件についてのネットの反応を見ていると、いわゆる保守的な言動をするクラスタでは、あらためて多様性的なものを敬遠・毛嫌いする傾向をあらためて強く感じた。政治的な文脈で多様性を議論するのはいつも不毛な対立に終わってしまうわけだ。

しかし少子高齢化で労働人口の減少という静かなる国難への打ち手はいまのうちにやるしかない。新経連は先ごろの政策提言で、とうとう移民政策に言及をはじめてしまったが、そのことの是非はさておき、政治的なソリューションがスタックする中で、企業がマーケットソリューションの文脈から、日本社会に問題を提起する意義は小さくない。ボランティア募集を開始したラグビーW杯、オリンピックの自国開催を、官民ともに戦略的な機会として、日本のダイバーシティ・マネジメントを議論から実行へ展開したいところだ。