4月30日、イスラエルのネタニヤフ首相は記者会見を開き、大々的なプレゼンテーションを報道陣の前で行った。
BBCニュースなどの報道によれば、ネタニヤフ首相は、イランが過去に核兵器の開発計画を進めていたことを示す「極秘ファイル」とする資料を公開。「イランは核兵器の開発計画はないと虚偽の説明をしていた」と述べた。
2015年、国連安全保障理事会の常任理事国にドイツを加えた欧米6カ国との合意で、イランは経済制裁解除と引き換えに核開発の制限を受け入れている。これ以来、イランは「核兵器の開発はしていない」と表明してきた。
イランとの核合意がまとまったのは、トランプ米大統領の前任者となるオバマ氏の時代だ。トランプ氏はこれを破棄する意向を表明しており、今月12日までに決定することになっている。
BBCの記事の中に、米国務省でイラン核合意の交渉に携わったジョン・ヒューズ氏の見方が載っている。「核合意に修正を迫る内容は」ネタニヤフ首相の発表には見つからなかったという。「率直に言って」、合意破棄をめぐるトランプ大統領の決定に影響を及ぼすための「政治的な発言だった」、発表内容の多くは「再利用されたものだった」。
この記事の英語版にはBBC記者の解説も入っており、「一体どこが新しいのか」と疑問を投げかけている。
2007年の米国の「ナショナル・インテリジェンス・エスティメト」でも、イランは2003年までは核兵器を開発していたが、その後中止している「可能性が高い」と書かれているという。
ネタニヤフ首相のプレゼンは、トランプ氏の意向を後押しすることが目的だったと見てよいだろう。
筆者は、プレゼンの様子をニュースで見ている間に、悲哀を感じた。1956年の「スエズ危機」での、イスラエルの行動をほうふつとさせたからだ。
「スエズ危機」の秘密協定
スエズ危機は、エジプトのナセル大統領がこの年の7月にスエズ運河会社の国有化を宣言したことがきっかけで始まった。エジプトでは前月に駐留英軍が完全撤退したばかり。
英国の影響力の維持を望むイーデン英首相は、運河の国際管理を回復するためにエジプトと交渉を続けたが、らちがあかず、フランスやイスラエルと協力してエジプトへの軍事行動を起こす、秘密裏の計画を立てた。
国際運河の安全保障を口実として、10月29日、イスラエルがエジプトに攻撃を開始。31日、英仏がこれに加わった。最終的には、エジプト国民の抵抗と国際世論の批判(米国はこの計画を知らされていなかった。11月2日、国連は戦闘の停止と攻撃を仕掛けた側の撤退を求める決議を出した)、米国によるポンドへの圧力が英経済の先行きを暗くしたことなどから、11月6日に英仏が、8日にイスラエルが停戦を受諾した。
12月20日、イーデン首相は下院で、イスラエルがエジプトに先制攻撃をかけることを事前に知っていたかと聞かれ、「知らなかった」と答えている。
英国にとっては、国際舞台での大きな失点となった事件である。
筆者には、ネタニヤフ首相のプレゼンの姿と、大国との秘密協定に基づいて先陣としてエジプトに派兵したイスラエルの姿が重なった。
しかし、大国に様々な気遣いをするのは特定の国だけではない。
米ワシントン・ポストの見方
米国の政界・外交界の詳細な分析で知られるワシントン・ポスト紙で、アダム・テイラー氏が 「外国の指導者たちがいかにトランプにおべっかを使うか」という記事(5月2日付)を書いている。
ネタニヤフ首相の会見は「何百万もの人に放送されたが、たった一人の視聴者、つまりトランプ米大統領に向けたものである」。
記事の中で紹介されたイスラエル人ジャーナリストのバラク・ラビド氏によると、会見で紹介された内容について、ネタニヤフ氏はトランプ氏に2か月前に伝えていたという。記者会見の時期は、核合意についてトランプ氏が決断する5月12日に合わせて決められた。
しかし、「米国の政界トップに影響を及ぼそうとする指導者はネタニヤフ氏だけではない」。韓国の文在寅大統領もそうだ、という。
欧州の指導者の中ではマクロン仏大統領が、男同士の恋愛感情を感じさせるほどのべたべたぶりの外交を行ったばかりだ。しかし、マクロン氏はトランプ大統領の考えを変えさせるところまではいかなかった、とテイラー氏は言う。日本の安倍首相もトランプ氏と「ゴルフを2度もしたのに」、「韓国・北朝鮮問題や貿易問題で冷たくあしらわれた」。
サウジアラビアやアラブ首長国連合のそれぞれの指導者はトランプ氏を称賛するけれども、その扱いにはてこずっているという。
トランプ氏のお気に入りになろうとする現象が生じる原因の1つは、「トランプ大統領が移り気であること」、そして、「トランプ氏は最後に会った人の意見に左右されやすい」点もこれに拍車をかける。最も機転が利くのはネタニヤフ首相かもしれない、という。
編集部より;この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2018年5月8日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。