1975年にジョーズが公開されて以降、サメは海における恐怖の象徴となっている。いまでも、ジョーズのBGMを聞くと鳥肌がたつ。私の知人でシーズンになると、グレートバリアリーフに行ってダイビングやサーフィンをするのが趣味という人物がいる。世界中のダイバーやサーファー憧れの地だと説明するが、その感覚が理解できない。
オーストラリアは自然の宝庫で魅力的な国だが、グレートバリアリーフは世界最大級のサメの生息地の1つで100種類以上のサメが生息していることを知っているだろうか。海に入っていきなり100種類のサメが向かってきたらどうするのか?水中銃では心もとない。超強力な武器が必要になるのではないか。くわばらくわばら。
しかし、ここにサメを恐れない女性がいる。世界唯一の「シャークジャーナリスト」として活動している、沼口麻子さん。「サメの肉を全種類食べたい」というほど深くサメを愛しているそうだ。今回は、『ほぼ命がけサメ図鑑』(講談社)を紹介したい。
『ジョーズ』がサメにもたらした災い
沼口さんは、サメの専門家としてテレビ番組でサメの解説をしたり、専門学校でサメの講義をするなど、サメだけに特化した情報発信を生業にしている。
「サメは警戒心の強い生きものです。自然界でサメに近づくことも難しければ、サメと遭遇することがあっても何もしなければ、まず襲われることはありません。『ジョーズ』では、水浴場に巨大なホホジロサメが自分から乗り込んでいって人を襲ったり、サメ退治に来た人間と激闘を繰り広げたりといったシーンが描かれています。」(沼口さん)
「そんなふうに人に狙いを定めて襲いかかるなんてことはまずありえません。わたしは、サメの撮影をするため、スキューバダイビングで海に潜りますが、たいていの場合、サメは人間を見ると一目散に逃げていき撮影すらできません。わたしは何種類ものサメと対峙してきましたが、怖い目に遭ったことはほとんどありません。」(同)
ファンダイビングでサメを観察するときも、「ダイバーの安全のため、サメに近づきすぎてはいけない」など、いくつものルールが厳格に定められているそうである。
「映画やテレビ番組でも、サメは危陂としか描かれなくなりました。それからというものサメはしばらく暗黒時代を過ごします。『悪者』退治でゲームフィッシングでむやみやたらと狙われ多くのサメが命を落とすことになりました。国際自然保護連合は、野生生物の絶滅のおそれを評価し、その程度に応じて分類しています。それを『レッドリスト』と呼び、500を超えるサメの種のうち476種がの評価対象になっています。」(沼口さん)
「そのなかには、ホホジロサメや、水族館で人気のジンベエザメ、ハンマーヘッドの愛称でファンも多いシュモクザメの仲間も含まれよす。これらの原因は、人間による『サメ退治』の影響を抜きにしては語れません。」(同)
ホホジロサメは無実だった
海外ではサメのゲームフィッシングが人気である。日本でも、漁業被害対策として国が助成金を出してサメ駆除を定期的に行っている。
「背景には、誇張したフィクションの影響が少なからずあり誤解を解くことが必要だと考えています。もうひとつ、『ジョーズ』に見られる大きな間違いは、登場するサメの種別と大きさです。設定では、全長8m『ホホジロサメ』のオスとなっていますが、これまで確認されている最大のホホジロサメは、メスの個体で全長6.4mです。オスは大きくなっても4.5mと考えられていて、映画の設定には無理があります。」(沼口さん)
「なお、『ジョーズ』の脚本は、ある事件をモデルにしています。それが、1916年に米国の大西洋沿岸で起きた『ニュージャージーサメ襲撃事件』です。このとき人を襲ったサメは、『ホホジロサメ』と考えられていましたが、今では『オオメジロザメ』と推定されています。サメ研究の大家レオナルド·コンパーニョ博士によれば、オオメジロザメこそ、サメのなかで『人類にとってもっとも危険な種』なのだそうです。」(同)
いかがだろうか。ホホジロサメは無実だったようである(詳細は112ページ)。本書には私たちが知らない、サメの真実が紹介されている。世の中に伝えるべく日々奮闘中の沼口さんが、地球上の海を旅して見たり食べたりの体当たり図鑑、ぜひご覧いただきたい。
尾藤克之
コラムニスト