5月19日夜「日本の諜報 スクープ 最高機密ファイル」と題した「NHKスペシャル」(総合テレビ)が放送された。いまも番組サイトはこう謳う。
今回、NHKはアメリカの諜報機関、国家安全保障局・NSAの最高機密ファイルを入手。そこから、これまで秘密のベールに包まれてきた日本の諜報活動の一端が見えてきた。アメリカ軍も一切明かしていないある諜報作戦に日本が組み込まれたという記述、最先端のネット諜報に日本が乗り出していたことも記されていた。(中略)アメリカの最高機密ファイルから見えた日本の諜報。その知られざる実態に迫る。
公共放送の風格を感じさせない扇情的な宣伝だ。放送された内容も薄っぺら。
冒頭「実態が知られていない、ある組織の名前が繰り返し登場する…DFS。日本の諜報機関だ」のナレーションに続けて「DFSは日本の重要なパートナーだ。その関係は50年以上にわたる」と(英語で)記された「最高機密文書」を紹介し、「戦後半世紀以上にもわたって存在してきたにもかかわらず、活動の詳細はほとんど知られていないDFS。どのような組織なのか」と扇情的に報じた。
番組によると文書は「TOP SECRET」。ならば「最高機密」ではなく「機密」。そもそも秘密区分をご存知ないから、こうなる。あるいは扇情的な効果を狙ったのか。どちらにしても公共放送としての適格性を欠く。「知られざる諜報機関DFS」と題しこう報じた。
「防衛省の現役職員が匿名を条件に取材に応じた。DFSが防衛省情報本部電波部を差すという」
「電波部は組織図すら明らかにされておらず、所属している自衛隊の職員や隊員には厳しい守秘義務が課されているという」
――もし後者が事実なら、その法的根拠を知りたい。電波部員が一般隊員や特定秘密取扱者(さらに言えば当該秘密区分の存在自体が秘匿されてきた区分のクリアランスを持つ一部隊員)より「厳しい守秘義務が課されているという」その根拠を…。もとより自衛隊法上、すべての自衛隊員に秘密を守る義務が課されているが、それだけの話なら、扇情を通り越したフェイクである。それとも最後に「…という」と付ければ、なんでも許さるのか。
出演した匿名職員は「電波部が何をやっているのかというのは(防衛省内でも)よく分からない」「表に出してはいけないようなことをやっているのかなあ」と語っていた。正直にこう語ったのであれば、かなり知性と等級の低い事務官(または技官)ではないか。
NHKは「組織図すら明らかにされておらず」というが、防衛省公式サイトで検索すれば、「情報本部の組織」と題し
「情報本部は、6個の部と通信所から構成されております。(中略)6個の部は、総務部、計画部、分析部、統合情報部、画像・地理部、及び電波部であり、それぞれの所掌の業務を行います」
と説明しており、その「組織図」も掲示されている。
加えて「各部の業務」と題し
「わが国唯一の電波情報機関として、電波情報の収集整理及び解析、電波情報の収集・解析調査に係る装備品の技術研究及び技術開発の要求並びに研究改善に関する業務」
を行なっていると明記している。
いや、これでは足りない、「電波部が何をやっているのか」より詳しく公表しろ、というのが、NHKのスタンスなのか。万一そうなら、もはや尋常な感覚ではない。世界中探しても、そんな諜報機関も放送局もなかろう。先ず櫂より始めてはどうか。
番組では「憲法と情報との関係に詳しい中央大学、宮下紘准教授」が
「仮に日本が何らかの形で傍受した情報が直接戦争に結び付いたという事実があるのであれば、果たしてそれが日本国憲法の武力の行使に当たるのかどうなのか。こういったところは議論をつめていく必要があります」
とコメントした。別の角度からのコメントはなかった。まるで電波部の活動が憲法違反に当たるかのようだ。そうした印象操作なのだろう。
NHKと御用達の憲法学者には失礼ながら、「議論をつめていく必要」など一切ない。なぜなら過去じゅうぶん過ぎるほど議論されてきたからである。政府も国会で繰り返し答弁してきた。たとえば旧周辺事態法案を審議する過程などにおいて…。ちなみに「武力の行使に当たるのかどうなのか」の正解は、どういう形で傍受した情報か、による。それを「何らかの形で傍受した」云々とコメントしたのは、正解をご存知ない証左であろう。
番組は、内閣情報調査室を頂点とし、その下部組織として外務省や「防衛省電波部」を位置付けた組織図も放送した。そこで外務省を「国際情勢」とし、「防衛省電波部」を「海外の情報 安全保障」と説明したが、日本国の安全保障を所掌するのは外務省であり(設置法4条)、「防衛省電波部」ではない。「海外の情報」も間違い。そもそも「電波」なのだから「海外」か、そうでないか区分しがたい。他方、同じ情報本部の「画像・地理部」なら主に「海外の情報」が対象となろう。「外国軍隊等の動態に関する情報の収集整理」を担う「統合情報部」も同様である。
あえて百歩譲り、報道が的確だったとすれば、「防衛省電波部」は「海外の情報」は収集するが、国内の情報は収集していないことになる。ならば、番組が報じた以下の内容はすべて杞憂ないしフェイクとなろう。
「あらゆる情報の中には一般市民のものも含まれるのです」
「諜報機関は電話の内容もメールもすべてを収集し、あなたの行動や会話を把握しています。もはや私たちにプライバシーはないのです」(出演した専門家のコメント)
画面に「行き過ぎた諜報」とのテロップが表示されたが、この番組自体「行き過ぎ」であろう。以前は「容疑者」呼ばわりしていたはずの「NSA元分析官エドワード・スノーデン氏」まで登場。こうコメントさせた。
彼らは1時間で50万件もの通信を収集していますが、サイバーセキュリティ上の脅威となるメールは1件だけでした。残りの49万9999件についてはどう考えればいいのでしょうか。日本政府はこう言うでしょう。「もしかすると通信衛星から、あなた方のやり取りの一部も収集するかもしれませんが、決して読むことはありません」。でもそれが本当かどうか、どう確かめますか。
――1時間あたり49万9999件ものメールを、いちいち「読む」のは不可能である。彼らに、そんな余裕はない。そんな予算も定員もない。どう頑張っても無理である。だが、NHKは確信犯のようだ。番組の最後をこう締めた。
「国民の知らないところで社会的な議論もないまま、ネット諜報が肥大化し続けてもいいのか。問われているのは国家。そして私たち一人ひとりだ」
放送中ずっと、視聴者の不安を煽る独特な効果音や、陰湿なBGMが流れていた。悪質な印象操作である。(私と同期の)防衛省情報本部長以下、関係者はみな番組を視聴したに違いない。彼ら彼女らが、どんな思いで番組を見たか。想像するだけで気が滅入る。