嘘をついていたのは誰なのか
実に1年3か月に渡る議論となった森友問題が、政局ネタとしては終焉を迎えている。文書改竄を事実上、指示した佐川宣寿前財務省理財局長は不起訴になり、8億円の土地の値引きも「過大とまでは言えない」として背任には当たらないとした。
決裁後の文書の改竄は大問題だ。佐川氏の処分が軽ければ「この程度の傷で済むならやってしまおう」という意識を醸成しかねない。一国民としては、文書主義を重んじる国家の公務員としての責任の重さを突きつけるような処分を望む。
中身の軽重はともかく、決裁後の文書を答弁に合わせて改竄していたという事実は衝撃的だったが、実はもう一つ、衝撃だったことがある。それは「森友学園側(つまり籠池泰典理事長・当時)に対し、口裏合わせと『身を隠せ』との指示の電話をしていたのではないか」という件に関する佐川氏の昨年の答弁だ。
昨年3月15日、衆院財政金融委員会で初鹿明博議員が、佐川氏にこう聞いている。
〈2月の8日の日に事件が勃発してから、財務省の方から身を隠してくださいと言われて、ああ、そうなのか、僕は悪いことはしていないんだけれども、それだったら隠そうかと、10日間雲隠れしたという発言を(籠池氏が)しているんですね。
財務省の人が籠池理事長に身を隠してくださいと言った、これが事実だとしたら大変なことじゃないですか。何で籠池理事長に身を隠してくださいと財務省の方が言うんですか。何か後ろめたいことがあるんじゃないんでしょうか。
では、まず財務省にお伺いしますが、こういう事実はあったのでしょうか、なかったのでしょうか。〉
※()内は筆者補足
これに対し、佐川氏はこう答えている。
〈私ども財務省として、隠れてくれなどと言った事実はございません〉
初鹿議員はこう応じる。
〈皆さん、笑っていますけれども、一方があったと言っているんですよ。一方が言われたと言っていて、財務省は否定をしていると言っていますが、では、籠池さんがうそをついていると言うんですか〉
なぜここで「皆さんが笑った」のかといえば、初鹿氏が引いたのがネット記事だったこともあろうが、おそらく「籠池の言ったことを信じるのかよ」という雰囲気が国会内の一部にあったためだろう。
官僚や弁護士が保身のために嘘をついた?
しかしこの佐川氏の答弁は、約1年後の2018年4月9日の参院決算委員会での太田充理財局長の答弁によって事実上、覆った(質問は西田昌司議員)。この時、「身を隠せ」という点についてはやり取りがないものの、口裏合わせの電話をしたことは認めている。
それだけではない。昨年の時点では、財務局と森友学園の間に入っていた酒井康夫弁護士(のちに森友の弁護士を辞任)も、「(財務局から)そのようなことを言われたこともありません」とするFAXを公表している。
事情を知ったうえでよくよくこれらの答弁や記述を見ると、籠池氏側は口裏合わせよりも「身を隠せ」と言われたことを重視し、その点を述べているのに対し、財務省側・酒井弁護士側は口裏合わせの有無に重きを置いている。
今となってみればわかるように、彼らにとってはこのこと自体が、あの森友の土地取引の核心部分に触れることだったからだろう。酒井弁護士の昨年のFAXの文言が「財務局からの連絡などなかった」ではなく「そのような(=身を隠せというような)話はしていない」としているのも、逃げ道を作ったものとみられる。
だが結局、追い詰められた財務省側が森友側に連絡を取ったことを認めた。このことは筆者にとっては本当に衝撃だった。財務官僚と弁護士という社会的に信頼を得てしかるべき立場の人間が、取引を行っていた相手でもある一国民を嘘つきに仕立てかねない答弁・発表を行ったことになるからだ。
2017年3月中旬に何が起きていたのか
今週の『週刊文春』の「嘘つきは安倍晋三の始まり」との記事タイトルが話題になっている。「許せない」「行き過ぎだ」「表現の自由にも限度がある」などの反響もあるようだ。一方、「籠池は嘘つきだ、詐欺師だ」という表現、決めつけは今も横行している。
今回の大阪地検の発表で、少なくとも土地取引に関して不正、背任とみられるような行いはなかったことになる。確かに森友側に強引な面はあり、特に籠池夫人の暴言には、近畿財務局職員らも相当参ったことだろうと思う。しかしそれらの発言によって価格が下がったわけではない。
先にあげた官僚や弁護士、朝日新聞や野党はもちろん、森友問題が混乱した要素の一つはここにもある。「籠池夫妻の恫喝で8億円下がったんだ!」「籠池夫妻は安倍夫妻の名前を使ってゴリ押ししたんだ」という論評はあるが、恫喝で8億下がったわけではない。組織的な暴力等を背景とした恫喝(恐喝)と違い、籠池氏の場合は「クレーマー」レベル。音声データをその部分だけ聞けばギョッとしないでもないが、この程度の物言いで8億も価格が下がるわけがない。「そこには忖度が」という向きも絶えないが、安倍夫妻の名前も、記録を見る限り長い交渉の経緯で2、3回しか出ておらず、「ゴリ押しのために名前を利用した」というにはかなり控えめなものだった。
この森友問題は当初から安倍昭恵氏が新設小学校の名誉校長を務めていた関係が指摘され、「このことが土地取引を有利に進めてきたのではないか」が焦点にされてきた。だが交渉記録を見れば、「昭恵氏の名前を出したがことは進まなかった」としか読みようがない。朝日などが盛んに書いている「昭恵氏から谷氏に依頼し、財務省に問い合わせたことによって事が進み始めた」というのも、それ以外の要素や経緯を端折った、まったくの印象操作と言わざるを得ない。
しかしここが焦点となってしまったことで、政権側や政権支持者は「昭恵と森友は無関係」としたいがために、森友側、中でも籠池夫妻をことさらに悪く言ってきた面がある。「土地取引になんらの後ろ暗いことはない」のであれば籠池夫妻を悪者にする必要はなかったと思うが、「籠池氏は良からぬ人たち」とし、「安倍夫妻と籠池夫妻には距離があった」と言うことで、この問題に安倍夫妻は無関係だと言いたいがためだったのだろう。
だが途中まで、籠池氏は「昭恵さんには何もしてもらっていない」と述べていた。「天の配剤」「神風が吹いた」というのも、基本的には地中からゴミが出て、借りるのに四苦八苦だった土地を購入できるようになったことを指していた。例の100万円発言の真偽は今もって不明だが、これについては昨年、〈森友学園騒動に「燃料」を投下したのは誰か〉で書いた通り、〈(3月)10日から16日の間に何かがあったとしか考えられない〉(籠池氏証人喚問時の公明党・富田議員)。そしてこの時期、籠池夫妻は著述家の菅野完氏に会い、彼を窓口にすることを決めている。この間何があったのか。実はこんな証言もある。
『週刊文春』でも報じられていたが、ここへきて本来の「安倍政権支持」の姿勢を強く打ち出している籠池家の長男・佳茂氏が「(菅野氏と両親を引き合わせたのは)自分の責任」「(昨年、菅野氏は)エアポケットに入った」という趣旨のことをある動画で述べている。昨年来、菅野氏が明らかにしてきたとおり、菅野氏は佳茂氏の手引きによって籠池家の「窓口役」となった。その佳茂氏が「自分の責任」と述べているその意味は、一体なんなのか。
土地の問題や政局案件としての森友問題はこれでひと段落となるだろう。だがまだ残っている「謎」はある。