決算資料でテレビ局経営を大解剖③番組制作費編・前編

氏家 夏彦

在京キー局各社の2017年度決算資料に載っている各社の年度平均視聴率やタイム収入、スポット収入、番組制作費などを用いて、現在のテレビ局、テレビメディアの状況を分析しています。これまで「視聴率編」、「CM収入編」の二本の記事を公開しています。

決算資料でテレビ局経営を大解剖① 〜視聴率編〜

決算資料でテレビ局経営を大解剖② 〜CM収入編〜

今回の番組制作費編は長くなってしまったので、前編と後編に分けます。
まず、各局の番組制作費と視聴率、CM収入の関係を分析してみます。

フジテレビの番組制作費削減が最大

まず番組制作費を、2006年度と2017年度とで比較してみました。
(グラフ⑨ 単位:百万円)

番組制作費はTBSが最も高い?

両年度ともTBSが一番多くなっています。他の局は決算資料では「番組制作費」と表記していますが、TBSは「番組原価」としています。TBSは、番組原価には、直接費(番組制作費・放送権料・美術制作費・技術制作費)と間接費(減価償却費、人件費等の配賦原価)を含んでいると説明しています。減価償却費は、放送に関わるインフラのコストなどの減価償却費分のこと。人件費は、番組制作に関わった社員人件費のことで、それぞれを各番組の番組原価に配賦するという非常に面倒な作業をしています。しかしそのおかげで各番組を作って放送するのに本当にかかった費用が正確に把握できます。

他局はおそらく直接費のみの数値だと推察されます。ですから間接費の分だけTBSの制作費は膨らむので、金額では他局とは比較ができません。

フジは3割削減

11年間で制作費を大きく減らしたのがTBSとフジテレビです。TBSは間接費込みで約244億円減、減少率19.7%です。フジテレビは、2006年度は実質的に番組制作費が全局の中で最も多い1153億円でしたが、11年間で約346億円削減し806億円まで減らしました。削減率は30.0%という大幅なもので、番組制作費は日本テレビ、テレビ朝日より少なくなりました。

各局が制作費を減らしている中、テレビ朝日だけがわずかに増やしています。毎年度の変化を見てもテレビ朝日の制作費はここ数年、高い水準で推移しています。

意外に多く見えるAbemaTVだが…

参考に、今話題のインターネットテレビ局のAbema TVの数値も載せて見ました。
Abema TVの藤田社長は「コンテンツに200億円をかけている」とメディアで公表していますので、番組の配信権の購入や、オリジナル番組の制作費を200億円としてみました。比較してみると、テレビ東京の番組制作費の半分近くと意外に頑張っている印象です。

しかしAbema TVのチャンネル数は23〜25もあり、1チャンネルあたりの平均は8〜8.7億円にしかなりません。ネットのニュースやTwitterなどSNSでは話題になっていますが、日本全国ではいまだにAbemaTVの存在を知らない人も少なくないようです。ネット放送局といっていますが、テレビ放送とは全く別のビジネスモデルです。

しかしだからといってAbemaTVはダメだというのではありません。今はまだ試行錯誤の期間です。チャンネル数がいくつなら適正なのか、1チャンネルあたりにかけるコストはいくらならいいのか、そして少しでも多くの視聴ユーザーを獲得するための番組制作のノウハウを見つけ出す努力の真っ最中でしょう。是非頑張って、既存のテレビ局を脅かすような存在に成長してもらいたいと思います。

CM収入の変化

次にCM収入の11年間の変化を見て見ます。

(グラフ⑩ 単位:百万円)

日本テレビがわずかに増加しましたが、他の局は全て減少しています。
特にTBSとフジテレビの減り方が激しくなっています。
TBSは約631億円減で減少率は28.2%と、11年間でテレビ朝日に抜かれ、その差も広がりました。

フジテレビはCM収入の1/3を失う

フジテレビの下げ方はもっと激しく、約1030 億円減、減少率は34.8%と、11年間でCM収入が3分の2以下になるという凄まじい減り方です。ところが金額ではテレビ朝日よりわずかに少ない3位。11年前のフジテレビのCM収入がいかに飛び抜けていたかがわかります。

5局の中で唯一増えているのが日本テレビです。とはいっても増加率は3.3%ですから、減らなかったと表現していいでしょう。

このグラフで各局の経営管理能力が見える

次に、在京キー局5社の、番組制作費、CM収入、P帯(プライムタイム)視聴率の変化をグラフ化しました。3つの値を、それぞれ2006年度を1として、その後11年間の変化を追ったものです。
折れ線グラフがP帯視聴率です。このグラフでは、番組制作費とCM収入は金額ではありません。あくまでどのように変化したかを示したものです。

CM収入と比較するなら全日視聴率の方が良さそうですが、実は番組制作費はゴールデンタイムやプライムタイムに集中して投下されているのです。朝、昼、午後の情報番組の制作費は、プライムタイムの番組の何分の一という少なさなのです。時には十分の一ということもあるほどです。ですから番組制作費との対比では、P帯視聴率の方が適当だと考えました。

(グラフ⑪)

どの局も2009年度に大きく番組制作費を減らしています。これは前年のリーマン・ショックによる収入減への対応です。前年比は日本テレビ15.7%減、テレビ朝日16.2%減、TBS9.1%減、テレビ東京18.9%減と大幅な削減を断行しています。

番組制作費を15%以上減らすのは大変なことです。私も番組プロデューサーの経験はあるのですが、来季から制作費を15%減らせと命令されたら、途方にくれるでしょう。番組の内容を根本的に変えないと無理なほど厳しい削減です。おそらく番組制作の現場では、壮絶な費用削減が行われたことでしょう。

リーマン・ショックで削減が小さかったフジテレビ

ところがフジテレビは前年比4.8%減にとどまっています。案の定、2009年度のCM収入は大きく減少しています。大減収がわかっていたのに、なぜフジテレビは制作費を減らせなかったのでしょうか。もしかすると大きな費用が発生する単発イベントなど、特殊要因のせいかもしれませんが、少なくとも他局が大削減をしている中では目立ちます。

またフジテレビは2012年度からP帯視聴率が急落し、それに遅れてCM収入も減少し続けています。それにもかかわらず番組制作費は2012年度も2013年度も同レベルで推移し、2014年度には逆に増加しています。

フジテレビの亀山千広前社長は2013年6月に就任しました。2013年度は視聴率の下落も穏やかになり、新社長が編成する初めての予算が2014年度予算です。明るい兆しが見えてきた中での予算編成なので、思い切った積極予算が組まれたとしてもおかしくはありません。

ところが2014年度は番組制作費を増額したにもかかわらず、視聴率は逆に大きく下げてしまいました。
そして翌年度の予算編成が始まる12月頃、翌期のCM収入の予測が出ます。おそらくそのときの2015年度の収入予測は、ぞっとするほどの減収だったのでしょう。当然、番組制作費も大幅に削らなければなりません。結果、2015年度は前年比7.5%減、金額にして約75億円の減少となりました。しかしCM収入はそれをはるかに上回る約175億円の減収となり、中間決算ではフジテレビ上場以来、初めての営業赤字を出しています。

負のスパイラルに陥ったフジテレビ

そして2016年度も番組制作費は約50億円の削減で減少率は5.4%、2017年度は約108億円削減で減少率は8.5%です。3年間では200億円、マイナス19.9%という減らし方です。

リーマンショック時の他局の減らし方と比べれば、それほどでもないと思われるかもしれません。しかし全局が同じ状況で同じように費用を削減するなら、苦しさの中にも納得感はあります。ところがフジテレビが大削減した2015年度と2016年度は、他局は前年並みかむしろ増やしているのです。

他局が積極的に打ってくる中で1局だけが番組制作費を削るのはかなり辛いことです。現場の士気の低下も心配されます。この負のスパイラルを一刻も早く脱することができるといいのですが。

決算資料でテレビ局経営を大解剖③ 〜番組制作費編・後編〜

に続きます。

これまでに公開したシリーズ記事

決算資料でテレビ局経営を大解剖① 〜視聴率編〜

決算資料でテレビ局経営を大解剖② 〜CM収入編〜


編集部より:この記事は、あやぶろ編集長、氏家夏彦氏(元TBS関連会社社長、電通総研フェロー)の2018年6月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はあやぶろをご覧ください。