ハウアーユー。米国でいうところの「こんにちは」のあいさつですが、これに対する返し方がなかなか難儀です。聞いた本人たちはもちろん本気で「調子はどう?」なんて意味を含んで聞いてないのですが、聞かれた方としては「あー、うん、まぁそうね、まぁどっちかって言うと、まぁ普通かな」とか思ってしまい、そうこうしているうちに聞いた人はもう目の前からいなくなっています。
中学生の英語の教科書に書いてあったあいさつの基本は、「ハウアーユー」に対して「アイムファインセンキュー、アンドユー?」でしたが、もちろんそんなの使っている人はいません。今の教科書はどうなっているのか気になります。中学生で英語の勉強をストップしてしまった僕はこの教科書のついた嘘により、米国留学最初の頃は随分下手くそなあいさつの返し方をしていたと思います。
ネイティブの同僚フェロー「ハウアーユー」
僕「あーあー、ファイン(グッドよりなんかネイティブっぽいと思ったから)」
可愛いレジデント「ハウアーユー」
僕「あー、イエス(緊張して返し方間違っている)」
下手に考えることをやめ、反射的に「ハウアーユー」に対してこの言葉が出るよう頭の中にプログラムされています。「グッドハウアーユー」は僕の中で一つの単語化しており、グッドとハウアーユーの間はありません。あいさつの言葉には「ハウアーユー」以外にも「ワッツアップ」や「ワッツゴーインオン」「ワッツドゥーイン」などがありますが、これらいずれが来ても「グッドハウアーユー」での対応が可能です。これらのあいさつはそれぞれなんか調子を聞いているようで、実は何の意味も持たずに使われているから混乱を来すのだと思います。
こういったあいさつは、日本でいうところの「こんにちは」に相当し、決して言葉通りに翻訳した「調子どう?」ではないのです。先日手術室で「こういった言葉って日本の感覚的には無いんだよね、だから当初はかなり困ったんだ」とパーヒュージョニスト(日本で言うところの臨床工学技士)のコート(イケメン)に力説していたところ、横にいたショーン(オペナース、フィリピン人)が「英語は不完全な言語なのよ、そういった抽象的な意味合いの言葉ばかりだもの。しかも、どれも真実を伝えてないのよ」となぜかプリプリと怒っていました。コートもなぜか突然米国全体を背負って批判されたため困惑していましたが、優しく、そして少しだけ悲しそうな顔で「そうだね」と言っていました。僕はショーンと一緒にコートを責める悪の親玉的構図になぜかなってしまっていたため、非常に気まずかったです。
「グッドハウアーユー」は現行僕が知りうる最強のあいさつの返し方ですが、注意しなければいけないことが幾つかあります。たまに(かなりレアケースですが)「ハウアーユー」を先に僕の方から繰り出してしまった時などです。当然そうすると向こうから「グッド、ハウアーユー」が返ってくるのですが、そこでいつもの「グッドハウアーユー」が発動してしまうのです。もはやパブロフの犬化しており、「ハウアーユー」が聞こえるとこの単語が自動的に出てしまうようにプログラムされているのです。すると向こうは再度「グッド」と言うのですが、おいまたかよ、みたいな空気がごくごくわずかに漂います。
日本にいる時でも、突然あいさつされて、「あ、おおよう」みたいなよく分からないのを繰り出した時に似ています。まぁ特に問題にはなりません。あと気を付けたいのは、笑顔で「ワッツゴーインオン」と言われたのでただのあいさつかと思い「グッドグッド」と返していたら、「いや、患者がなかなか帰ってこないから、オペ室で何が起きているか知りたいんだけど」と、ふつうに質問をされている場合とかがあります。そういう時の病棟ナースはさっきの笑顔どこにいっただろと思うくらいの真顔をしています。
北原 大翔 シカゴ大学心臓胸部外科、心肺移植・機械式循環補助 クリニカルフェロー
1983年東京生まれ。2008年慶應義塾大学医学部卒業。
慶應義塾大学医学部外科学心臓血管外科に入局、その後同大学、東京大学、旭川医科大学で心臓血管外科として研修を行い、2016年9月渡米。若手心臓外科医の会 留学ブログ
編集部より:この記事は、シカゴ大学心臓胸部外科医・北原大翔氏の医療情報サイト『m3.com』での連載コラム 2018年5月5日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた北原氏、m3.com編集部に感謝いたします。