人は対人関係で多くの感情を生み出す。友人の成功に、嫉妬心を抱くことがある。「大学ではあんなに目立たなかったヤツが、一流企業に転職して最年少の役員に昇進した?マジかよ!」。親しい関係だともっと素直に喜べない。嫉妬心は自分の自尊心を脅かす存在になる。そのため、適切に感情をコントロールする技術が必要になる。
今回は、『これはしない、あれはする』(サンマーク出版)を紹介したい。著者は、美容研究家・メイクアップアーティストとして活動する、小林照子さん。83歳にして現役のメイクアップアーティスト、美容業界歴は63年の大ベテランになる。
3月に放映された、『徹子の部屋』(テレビ朝日)では、美しい肌を保つ秘訣を公開し話題になった。実年齢を感じさせない若々しさにも、注目が集まっている。本稿では、書籍内の一部を引用しながらルポ形式にてお送りしたい。
嫉妬はもっとも醜い感情である
「人が持つ感情の中で、『妬み』と『恨み』はもっともいやな感情ではないでしょうか。『怒り』や『悲しみ』も抱きたくない感情ではありますが、一方で『怒り』は行動のエネルギーになったり、『悲しみ』は心を浄化してくれたりという効果もあります。ところが、『妬み』や『恨み』は、人を苦しめ、どんどん醜くしていくのです。」(小林さん)
「私も、『なんで、こんなにつらい思いをしなければならないの?』と、自分の人生を恨んだことがありました。東京大空襲で養父の店は焼失、疎開先で養母は骨盤カリエスで寝たきり。家は貧しく、子どもの私が働いて一家を支えていく生活でした。」(同)
小林さんは、少女時代から、「いつか演劇のメイクアップを仕事にしたい」という夢をもっていたそうだ。そのためには東京の美容学校で勉強しなければいけない。しかし、家計を支える必要のある、小林さんには夢のまた夢だった。
「その頃の私は、母校の小学校で『給仕』として働きながら、併設された高校の分校で勉強をしていました。給仕というのは、先生たちにお茶をいれたり、授業の準備を手伝ったり、いわば雑用をすべて処理していくのが仕事でした。自分と同年代で、勉強だけに打ち込める人たちが少しだけうらやましく思えました。」(小林さん)
「私だって、自分のやりたいことに打ち込むことができたら。そう思ったときに鏡に映った自分の顔をいまでも忘れることができません。他人をうらやみ、嫉妬する顔は本当に醜いものでした。二度とこういう感情を抱くまいと思いました。」(同)
幸せの本当の意味を理解する
人はどうしても、自分と他人とを比較して、幸せを推し量ってしまうもの。自分がいま何を望んでいるのかわからない人にその傾向が強い。
「自分が不幸だと決めつけている人ほど、他人が自分よりも『いい人生』を送っていそう。自分の人生はなんてつまらないのだろう、なんてみすぼらしいのだろう。そういう妬みが負のスパイラルを生みます。負の面でつきあっていると負の面を引き寄せてしまいます。でも、そもそも幸せとは、人と比較して決めるものではありません。」(小林さん)
「幸せは身近なところにあるものです。かつては貧しい生活を強いられました。でも、養父母と三人そろって暮らすことができました。毎日の食事も十分足りていました。子どもの頃から農作業を手伝ってきたからこそ、日本の四季の移り変わりに敏感になることができたのですし、自然の美しさをこの目に焼きつけることができたのです。」(同)
「私たちは十分幸せなのです。妬みや恨みにとらわれているときは、なかなかそんなことに気づけないものですが、私たちの身のまわりには、小さな幸せがたくさん落ちています。戦争で亡くなった人たちがたくさんいるのに、私たちは生きている。」(小林さん)
「今日の食べものに事欠く生活を強いられる人たちが世界にはたくさんいるのに、三食、ご飯をいただいている。ほんとうはありがたいことだらけの世の中で、私たち日本人は生きていて、生かされているのです。」(同)
素直な気持ちで読みたい本
筆者は、「アスカ王国」という障害者支援活動をおこなっている。設立は国際障害者年の1981年(今年で37年目)、現在は、橋本久美子さん(故橋本龍太郎首相夫人)を会長にして活動を続けている。これまでに全国50ヶ所以上で開催し、参加者総数は約2万人を数えている。以前、参加者から次のような話を聞かされたことがある。
「ボランティア活動は、妬みや恨みの感情を抱くことがない。組織にありがちな競争とは無縁の社会である」。人の心が貧しい社会であっては、ノーマライゼーションを創造することはできないと彼は教えてくれた。これは、小林さんが仰っている「心の安定」と同じではないか。本書は、自分の経験と紐付けをすると深い学びがあると思われる。
小林さんのメッセージは、優しい言葉で語られているのでスッとはいってくる。なお、本書は、6月末でサンマーク出版の役員を退任し独立される、高橋朋宏さん(常務取締役編集長)、現職最後の作品となった。せんえつながら、未来の栄光を祝したい。
尾藤克之
コラムニスト