独情報局がオーストリアでスパイ活動

長谷川 良

ドイツ連邦情報局(BND)は政治、経済の情報などを収集し、それを分析する諜報活動を担当している。そのBNDが隣国オーストリアで広範囲の諜報活動をしていたとしてオーストリア政府が批判し、メルケル政権に全容の解明とその説明を求めている。

▲オーストリア大統領府(2013年撮影)

▲オーストリア大統領府(2013年撮影)

オーストリア連邦報道局から16日午後、緊急記者会見が開かれるというメールが届いた。16日は土曜日だ。その上、記者会見は大統領府で行われるという。アルプスの小国オーストリアは幸い、大きな事件は発生していない。何が起きたのだろうか、と首を傾げた。テーマは、隣国ドイツの情報機関(BND)が過去、オーストリアで諜報活動し、2000以上の通信網を盗聴し、政府、省、企業、国連、国際機関の関係者の会話を盗聴していた、というニュースに関する記者会見だということが明らかになった。ひょっとしたら、クルツ首相の携帯電話がBNDに諜報されていたのだろうか。そうなれば、記事にはなる。そんな考えで大統領府に急いだ記者もいたただろう。

2013年10月、米国家安全保障局(NSA)がメルケル独首相の携帯電話を盗聴していたことが発覚して、米国とドイツ両国の関係は一時、険悪化したことがあった。メルケル首相は当時、「同盟国の政府関係者を盗聴することは許されない」として、オバマ米大統領(当時)に抗議したことはまだ記憶に新しい。最終的には、オバマ大統領が今後は同盟国の首脳の携帯電話を盗聴しないことを約束して事を収めた。

独側はワシントンにノー・スパイ協定の締結を強く要請したが、オバマ大統領がメルケル首相の携帯電話を盗聴対象から外すことを口約束しただけで終わった。メルケル首相自身、訪米してオバマ大統領と会談し、両国間の盗聴問題について米国側に慎重な対応を重ねて要請した経緯がある(「米国がスパイ活動する尤もな理由」2014年7月13日参考)。

記者会見にはバン・デア・ベレン大統領とクルツ首相が出てきた。バン・デア・ベレン大統領は、「ドイツはわが国で不法な諜報活動をしていた」と批判。クルツ首相は、「隣国に対する諜報活動は受け入れることはできない。ドイツ側に事の全容の解明と説明を求める」と述べた。それ以上でもそれ以下でもなかった。大統領と首相からは新しい情報や具体的な情報はまったくなかった。ジャーナリストたちの中には土曜日、家族と一緒に遠出でもと考えていた者もいただろう。緊急記者会見ということで慌てて連邦大統領府に駆け付けたジャーナリストたちはがっかりするより、「なぜ記者会見を招集したのか」といった不満の声すら聞かれたという。

BNDの件は15日夜、オンラインで週刊誌プロフィールと日刊紙スタンダードが速報している。バン・デア・ベレン大統領もクルツ首相も記者会見ではそれ以上の情報を語っていないからだ。オーストリア側が緊急記者会見を開いたのは、「わが国は怒っている」ということをドイツ側に伝えることが主目的で、新しい情報を公表することではなかったわけだ。

BND盗聴事件について少し、説明する。1999年から2006年の間、政府、外交官、企業、イスラム教関連施設、そして国際原子力機関(IAEA)ら国連機関に対して、BNDは不法な諜報活動をしていたという。その規模は広範囲だ。ドイツは2015年、国内でNSA問題が発覚したことを受け、2016年には同胞国への諜報活動を中止している。ただし、オーストリア・メディアは、「BNDはそれ以降も諜報活動を続けていた」と報じている。

問題は何故、1999年から2006年の間、BNDはオーストリア国内で諜報活動をしたかだ。答えは案外簡単だ。国民党シュッセル政権が発足した時と重なるのだ。同政権は極右政党「自由党」と初の連立政権を発足させた。その時、欧州全土で激しい批判の声が挙がり、多くの欧州諸国はオーストリアとの外交接触を控える制裁を実施した。BNDは国民党と自由党の連立政権の動向を監視する狙いがあった、という推測が成り立つわけだ。

そして昨年12月以来、オーストリアでは再び国民党と自由党のクルツ連立政権が発足した。クルツ首相とバン・デア・ベレン大統領が土曜日午後、緊急記者会見を開催した背後には、自由党党首のシュトラーヒェ副首相ら自由党指導者からクルツ首相にBNDの盗聴事件を記者会見で公表し、ドイツに警告を発すべきだ、という強い突き上げがあったからではないか。

今回の件ではドイツ国内では余り反響はない。「BNDは諜報機関だ。彼らはその職務を果たしていただけだ。オーストリア側がそれを今知ったというように騒ぐのはおかしい」という声が支配的だ。クルツ首相はドイツ側に事の全容解明を要求したが、ドイツからいい返事は届いていない。どの国も諜報機関があり、さまざまな諜報活動を外国でも展開しているからだ。

ドイツとオーストリア両国は地理的に接し、ドイツ語を母国語としていることから、兄弟国といわれることが多い。実際、ドイツで起きたことはその数年後にオーストリアでも同じようなことが起きるケースが多い。数年前、ドイツでNSA諜報活動が発覚して大きな政治問題となったが、隣国オーストリアで今度はBNDのスパイ活動が明らかになった、というわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年6月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。