移植臓器の陣取り合戦:移植用の心臓を取りにいく(前編)

北原 大翔

僕は心臓と肺移植のフェローとしてシカゴ大学で働いているので、移植について話をしようと思います。移植手術は大きくインプラント(心臓を植え込む手術)とプロキュアメント(移植用の心臓を取りにいく手術)の二つに分けられるのですが、今回はこのプロキュアメントについて。

僕の仕事の唯一のデューティーは移植です。移植があると朝だろうが夜だろうがなんだろうが、必ず呼ばれて移植手術をするのです。シカゴ大学では年間30例ほどの心臓移植と20例ほどの肺移植、つまり年間50例の移植が行われており、平均すると週に1回、何らかの移植で呼ばれることになります。移植の手術は面白いのですが、完遂するためには幾つかの苦行を乗り越えなくてはなりません。その一つがプロキュアメントです。

手術室のマネージメントの関係で通常移植手術は夜中や休日などの時間外に行われることが多いのですが(平日の日中は他の手術があって手術室が埋まっているため)、当然プロキュアメントはその直前に行われるので「朝の3時、病院前集合、出発!」みたいなメールが日曜の夜、寝る直前などに届いて非常に萎えるなんてことも少なくありません。

プロキュアメントは近場に救急車などで行く陸路パターンと、遠くまで飛行機で行く空路パターンがあります。飛行機は移植用にチャーターされたもので、乗客は僕らだけのプライベートジェットです。最初こそテンションが上がって写真撮りまくったり、中にあるお菓子(ポテトチップスなど)食べまくったり、イスを動かしまくったりしていましたが、今はフライトの時間(だいたい1〜2時間)ひたすら寝続けています。

飛行機はゆったりと寝ながら行くことができるのでいいのですが、陸路パターンはあまり快適な車内とは言えず苦行です。特に、学生とか循環器内科のフェローとかが急遽参加してきたりすると悲惨で、狭い車内にぎゅーぎゅーにおっさん達が詰め込まれます(なぜか学生だろうがフェローだろうが、金髪スレンダー美女は現れません。みんなおっさんです。不思議です)。最近では僕と移植コーディネーターの二人だけで心臓を取りに行けるようになったので、いくらか快適にはなりました。

そんな感じで病院に到着するのですが、着いてからも苦行は続きます。僕らは心臓、もしくは肺を取りに行くのですが、もちろん他の臓器のチーム(肝臓、腎臓など)も同時に取りに来るので、彼らの手術のタイミングなどの関係で、着いてからも現地で何もせず待つ時間があります。長い時だと何もせずに3時間くらい待つ時もあります。まぁ寝ていますけど。そうしていざ心臓摘出の処置が始まるのですが、だいたい30分もすれば心臓の評価、剥離は終わり、あとは他のチームの準備が整うまで待つことになります。物にもよりますが、遅い場合はここでまた3時間くらい待つこともあります。まぁ寝ているんでいいんですが。

そうしてついに心臓を止めて摘出する段階になるのですが、ここで人間達の最も醜い戦いが始まるのです。それは、切開ラインの陣取り合戦です。すなわち、心臓と肺の境界である左房・肺動脈、心臓と肝臓の境界である下大静脈のどこを切るかで小さな争いが起こるのです。

まともな奴が相手ならお互いに話し合って「ここね、ここ切るよ、いい?」「うん、いいよ」「じゃあ、ここ切りますね〜、いい?こんな感じでいい?」「うん、いいんじゃん」みたいな感じでやるのですが、まともじゃない奴らは必死に境界線部分を引っ張って少しでも陣地を多くしようと試みてきたり、軽いテンションで「ここを切ってみたら」と大きく心臓に食い込んでくるような切開線を提案してきたりします。

そういった場合はあまり相手にしないようにこちらが正しいと思う範囲で切開をします。あとは、「ヨクイッテルコトワカラナイアルネ」作戦でなんとかやり過ごします。そうして取り出した心臓を丁寧に袋詰めして、シカゴ大学に持ち帰りインプラントしています。なかなかの苦行なのです。


編集部より:この記事は、シカゴ大学心臓胸部外科医・北原大翔氏の医療情報サイト『m3.com』での連載コラム 2018年6月3日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた北原氏、m3.com編集部に感謝いたします。