難民629人を乗せたジョージ・ソロスのオープン・ソサエティ財団が運営しているフランスの難民救助船アクアリウス「SOS Méditerranea Aquarius」が6月17日の朝、スペイン・バレンシア港に入港した。ボランティア、通訳、医師、警察、報道陣とおよそ2300人以上がバレンシア港での到着を待っていた。
これまでイタリアでの入港が受け入れられていたが、イタリアの2つの政党「同盟」と「五つ星運動」の連立政権が誕生し、同盟党首で副首相兼内務相のマテオ・サルビニがアクアリウスのイタリアへの入港を拒否。
イタリア政府はこれまで40億ユーロ(5200億円)の予算を難民救済に充ててきた。それに対してドイツなどは言葉では難民に対する取り組みに連帯感を持つことを主張するが、それから発生する社会問題や救援金の拠出などに実際に耐えて来たのは単独イタリアだけであった。サルビニ内務相としては、これ以上イタリアだけが難民問題と取り組むのは御免だというのが今回の入港拒否の理由であった。
そこで今回その受け皿になったのがスペインである。新しく政権を担うことになった社会労働党(PSOE)のペドロ・サンチェス新首相の人道面から見た独断的な判断であった。
それに対して、イタリアは海軍から2隻の船の提供を申し出た。アクアリウスは定員550人に対し629人が乗船しているために甲板で寝起きしている難民もいて、しかも食糧も二日分しか残っていなかった。そこでイタリア船が食料をアクアリウスに補給し、計3隻の船に難民を分散させてスペインの受入港バレンシアまで向かうことにしたのであった。
到着した629人には、123人の13歳から17歳の未成年者、11人の赤ん坊、7人の妊婦も混じっていたという。未成年者のおよそ60人は親が同行するのではなく、ひとりで地中海を渡ろうとしたのである。難民の出身国は26か国に及んでいる。
一番多いのはスーダンの152人とナイジェリアの148人であった。このナイジェリア難民の中にテロジハード組織ボコ・ハラムに属す戦闘員がいると憶測されているという。
スペイン政府は彼ら難民に対し、特例として45日の滞在許可を付与した。そしてスペインへの亡命か、フランスへの亡命の申請書の提出を要請した。フランスへの亡命申請が出来るようになったのは、イタリアのサルビニ内務相とマクロン仏大統領の間で批判の応酬があったことに起因している。
マクロンがアクアリウスの入港を拒否したイタリアを批難すると、サルビニはフランスが子どもや身体不自由者も含め10949人の難民を国境からイタリアに送還したことに触れ、9816人の難民を受け入れるべきなのに僅か640人しか受け入れなかった、とマクロンを批判。
マクロンはサルビニの批判から反省したのか、アクアリウスの難民でフランスに亡命を望む者は受け入れる用意があると表明したのである。このフランスの好意にアルジェリアから43人とモロッコから11人がフランスへの亡命を申請したという。両国とも嘗てフランスの植民地だったということもあって、フランス語にも問題がない。
アクアリウスの話題がスペインのメディアで大きく取り上げられたが、それと時を同じくしてアンダルシア地方でも難民が1103人救助されたのであった。グラナダ県のモトリル港とカディス県のタリファ港が難民の受入港となった。
アクアリウスの難民が北アフリアのリビアから地中海を渡ろうとしたのに対し、アンダルシア地方で救助された難民はモロッコから出ているのである。今年1月から現在まで、地中海を渡ろうとして救助されスペインに入国している難民の数は13248人。これは2006年にスペイン・カナリア諸島で受け入れた31000人に次ぐ多さであるという。その一方で、244人が地中海で遺体として見つかっている。
リビアは内戦で無政府状態を利用して難民が地中海、特に距離的に一番近いイタリアに向かうのである。モロッコの場合はムハンマド6世の君主政治で、彼の政権がモロッコから出国する難民を制御しているのという。そこにはもちろん利害関係が存在している。
スペインで首相になると、最初に外遊する国はモロッコというのが慣例である。サンチェス新首相も最初の外遊先としてモロッコ訪問を希望していた。ところが、ムハンマド国王がバケーション中だということでそれが実現されず、同首相は最初の外遊先として予定されていたEU首脳会議に向かったのであった。
今回、スペイン新政府はアクアリウスの難民に一時的な滞在許可を発行することにしたが、それはモロッコにとって都合がよくないという。スペイン政府は難民に対し寛大な対処を見せておきながら、モロッコ政府には難民の出国を制御して欲しいと要求しているからである。
また、EUとモロッコ領海内でのEU加盟国の漁獲量の現行の取り決めが、7月14日に切れることになる。スペインはEU加盟国の中で最大の漁獲量の割り当てを持っている国であり、モロッコとの良好な関係維持が必要なのである。EU裁判所の裁定は、問題の漁業区域を本来はポリサリオ戦線の領海であるとしているが、スペインとフランスはこの裁定を無視し、モロッコの領海であると見做してモロッコ政府と漁獲量の交渉をこれまで進めて来た。
2026年のワールドカップ開催国としてモロッコは立候補していたが、スペインがモロッコに票を投じなかったことも両国の関係に微妙に影響するであろうと見られている。但し、同じアラブ圏のサウジアラビア、アラブ首長国連邦、ヨルダンもモロッコに票を投じなかったことから、スペインの今回の判断もある程度モロッコ政府の方で酌量してくれるはずであろう。
スペインに到着した難民であるが、彼らの前途には厳しいものがあろう。失業率の高いスペインで彼らが職場を見つけるのはほぼ不可能だ。電子情報紙『CasoAislado』が6月18日付で、英国「Daily Mail」からの情報として取り上げたのは、2014年以降ヨーロッパでは1000人以上の市民が過激化した難民によって殺害あるいは負傷を負わされているという報道である。
善意と人道面から難民を受け入れることは良いことであるが、と同時に、将来的にそれが危険を伴うものであるということも認識しておく必要があろう。