7月6日、相続制度を見直す改正民法が参院本会議で可決、成立した。この中で注目されているのは、新設される「配偶者居住権」だ。
被相続人(亡くなった夫、若しくは妻)が所有権を持っていた住宅に住んでいる残された配偶者は、そこに住み続けるためにその住宅の所有権を得る必要がある。その所有権を得ることで他の財産(預貯金等)の相続分が少なくなるため、その後の生活資金が不足し、結局は自宅を手放すケースが増えているという。
その様な事態を回避するため、残された配偶者が所有権を得なくても、配偶者居住権を得れば配偶者は自宅に終身住み続けられることになる。
しかし、この配偶者居住権で本当に「終の棲家」の確保が可能になるのだろうか?
以前アゴラに寄稿した『相続新制度「配偶者居住権」に見る高齢化の深刻さ』でも触れたとおり、遺言が存在しない場合は相続人全員が遺産分割協議に参加しその全員が合意すれば、遺産の分け方は法定相続分の割合に縛られなくとも良い(民法907条1項)。
つまり、相続人が配偶者と子の場合、子が合意するなら配偶者は住宅以外の預貯金などを法定相続分より多く相続することが可能なのだ。
これまでも相続人である配偶者には様々な税制上の優遇措置がとられてきた。配偶者が自宅を相続する場合には無条件で、330㎡までの自宅土地の評価を8割減にする小規模宅地等の特例(建物は固定資産税評価)や、 1億6千万円までか法定相続分相当額のどちらか多い金額までは配偶者の相続税がかからないとする税額軽減制度などである。もちろん、それを踏まえても遺産分割協議の不調により、残された配偶者が住まいを失ったり預貯金などの相続分が少ないことで生活に困窮する場合も少なくないのだろう。
しかし、いくら配偶者居住権が新設されたとしてもその成立には要件があることや、譲渡制限があることにも注目すべきだ。
まず、この配偶者居住権を残された配偶者が手にするには以下の成立要件が必要とされる。
○遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。
○配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。
○家庭裁判所の審判など。
※参考:衆議院「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律案」
このように、残された配偶者が配偶者居住権を手にするには一定の要件を満たす必要があるのだ。
さらに、せっかく手に入れた配偶者居住権も譲渡することは出来ない。つまり、所有権を得なければ自宅を将来の「換金可能な財産」とすることも出来ないのである。
現在、日本社会における「終の棲家」のかたちは著しい変化の時を迎えている。長年住み慣れた自宅を売却し、利便性の高い立地に住み替えたり、自然豊かな環境を求めて住み替えることもあるだろうし、介護サービス付きの施設に移り住むケースもますます増えていくだろう。
終の棲家のかたちが変わっていく以上、残された配偶者に対し、既存の自宅に居住を保証するだけの配偶者居住権は、本当に高齢者の住まい確保に寄与するのだろうか?
配偶者居住権(長期)付不動産は、特に土地付き一戸建の場合に、その評価額がかなり減額されることになるだろう。これは、長期居住権の存続期間中は居住建物の敷地を、残された配偶者が排他的に使用することとなるため、その敷地利用権について借地権等と同様の評価をする必要があるものと考えられるからだ。
この新制度が単に「相続税対策の為」の自宅不動産の評価減に利用されるだけでなく、その趣旨どおり高齢化社会に対応するための制度として機能することを願うばかりだ。